奇跡ではなく必然だった。ラグビー
日本代表のジャイアントキリング

  • 松瀬 学●文 text Matsuse Manabu
  • ロイター/アフロ●撮影 photo by Reuters/AFLO

 無論、この逆転劇も、そこまで互角の戦いができていたからである。完ぺきなゲームプランのもと、選手たちがおのおのの仕事をまっとうして手繰り寄せた勝利だった。

 後半28分、見事なサインプレーからFB(フルバック)の五郎丸歩が駆け上がり、インゴールに飛び込んだ。自らコンバージョンゴールを決めて、29-29の同点となった。

 この日はスクラムもよかった。象徴的だったのが、この直後の後半30分ごろの、自陣22メートルあたりのスクラムだった。日本代表は第一列が総代わりし、ピンチの場面だったが、ハイブリッドの芝を生かし、がちっと組み込んだ。私は「いけるかも」と思った。

 勝負のアヤは、後半32分だった。南アフリカが猛攻を仕掛け、自陣5メートル手前でPKを奪い取った。まずい、と思った。流れからいって、南アはスクラム選択でトライ狙いにくると思った。が、なんとPGを狙ってくれた。

 あの南アが3点差でもいいから勝ちたいと追い込まれていたのである。PG成功で29-32となった。この場面、五郎丸は「仙豆(せんず)をもらった感じになった」と振り返ったことがある。

 仙豆とは、漫画『ドラゴンボール』に出てくる不思議な豆のことを指す。からだが弱ったときに食べるとすごく元気になる豆のことだった。「あの時、めちゃくちゃ疲れていたけれど、あのPGで、ああ、これはもう、"イケるでしょ"となったんです。3点差でもいいから勝ちたいという姿勢が逆に僕らに力をくれたような気がします」

 勝利の瞬間、生きていてよかった、と思った。生まれて初めて、記者席で小さなガッツポーズをつくってしまった。これは奇跡だ、ミラクルだ、と思った。

 でも、試合後のミックスゾーンだった。五郎丸は「奇跡」という記者の言葉にこう、毅然と反論した。

「ラグビーに奇跡や偶然はありません。必然です」

 あれから4年経った今年の春。五郎丸はあるトークイベントで歴史を変えた南ア戦に触れ、「スポーツの本質という観点では負けてしまった」と口にした。どういう意味なのか。

 日本代表は南アに勝って、飛び跳ねて喜んだ。負けてショックだったはずの南アの選手はそれでも笑顔をつくって、日本選手を祝福してくれた。これぞラグビー精神。

 ハッとさせられた。あの"ブライトンの奇跡"は、日本ラグビーの歴史を変えただけでなく、日本人にスポーツの美徳をも教えてくれた気がしてならない。

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