大学に進学せずニュージーランドへ。高校日本代表、メイン平の挑戦 (2ページ目)

  • 斉藤健仁●取材・文・撮影 text & photo by Saito Kenji

 小学校に入る前の1年間と小学校6年時の半年間、メインは父の故郷ウェリントンで学校に通いながらラグビーに励んだ。宮崎県の本郷中時代は陸上部にも所属し、砲丸投げや円盤投げなどの投てき種目にも精を出した。

 それらはすべて、ラグビーに必要なフィジカルを強化するためだった。その成果もあり、メインは中学3年ながら7人制ユースアカデミーのメンバーにも選出された。

「本当は高校からニュージーランドに行きたかった」とメインは語る。ただ、状況的にいろいろと難しく、熟考した結果、親元を離れて全国的強豪校の御所実業に進学。人工芝のグラウンドがあり、高校ラグビー界の名将のひとりである竹田寛行監督の家で寮生活できるという環境が決め手となった。

 メインは1年からCTBの定位置を掴んだ。全国高校ラグビー大会にも出場し、ステップのキレやタックルの強さなど1年生とは思えないプレーを披露。この年の花園を制した東福岡に準決勝で敗れたものの、一気にその名をラグビーファンに知らしめた。

 しかし、メインが再び、花園の舞台に立つことはなかった。

 2017年4月、高校2年になったばかりのメインはU18高校日本代表に選出されたが、同年6月に右ひざの前十字じん帯を断裂する大ケガを負ってしまう。御所実業は花園に出場したものの、そこにメインの姿はなかった。

 そして最終学年の2018年。3年生となったメインは10月、ユース7人制男子日本代表の一員としてユース五輪に出場し、見事に銅メダルを獲得。さらに御所実業は、国体で単独優勝を果たした。

 ところが、満を持して臨んだ全国高校ラグビー大会の予選決勝で、御所実業はライバルの天理に敗れてしまう。その年末、父親と花園を訪れたメインは、その光景を目に焼きつけた。「実力不足でした。ただ、敗戦から得るものもたくさんありました。ラグビーだけでなく、人間的にも成長できた」。メインは気持ちを切り替え、その先の未来をしっかりと見据えた。

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