日本代表がイングランドをぶちかます。完敗するも新たな歴史を築いた (2ページ目)

  • 松瀬学●文 text by Matsuse Manabu
  • 齋藤龍太郎●写真 photo by Saito Ryutaro

 この試合の歴史的な意義は大きい。1871年にイングランド協会が設立され、遅れること半世紀の1926年、日本協会は創立された。ラグビーの母国に憧れていた日本代表が初めてその聖地に招かれた。確かに来年、ラグビーワールドカップ(W杯)が日本で開催されること、イングランド代表のエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)が日本の指揮官であったこととは無関係であるまい。が、日本はその強豪を崖っぷちに追い込み、本気にさせた。

 この試合のチームスローガンを聞けば、リーチはこう、小声で繰り返した。

「ぶちかます、ぶちかます、ぶちかます」

 体格でまさるイングランドがフィジカル勝負でくるのはわかっていた。だから、日本もそこに真っ向勝負を挑んだ。先のニュージーランド戦の課題を踏まえ、この2週間、接点のボール争奪戦を徹底して練習してきた。とくに2人目の寄り、相手を弾き飛ばすクリーンアウトである。日本はそのブレイクダウンで互角にファイトした。

 ボールが密集から素早く出れば、日本の攻撃にリズムが生まれる。前回2015年W杯の南アフリカ戦のようにボールをクイックでつないだ。スクラムハーフ(SH)田中史朗の述懐。

「球出しの部分がよかった。本当にフォワードが素早い動きでセットして、前に出られた。相手を焦らすことはできました」

 リーチはこうだ。

「ブレイクダウン、だいぶ成長したなと思う。2人目の寄りがはやかったです」

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