2018.08.20

釜石鵜住居復興スタジアムが完成。
レジェンドたちも「想い」をつなぐ

  • 松瀬 学●文 text Matsuse Manabu
  • 谷本結利●写真 photo Tanimoto Yuuri

 6千5百の満員スタンドが大きく揺れた。桜庭監督は「勝ちたかった試合ですので、負けは悔しいです」と口を開いた。

「でも、最後まであきらめずにプレーして、意地を見せてくれたのはよかった。次につながる、あるいは未来につながる試合ができたのかなと思います」

 釜石SWのウイング、小野航大主将は「チームとしていいチャレンジができました」と言葉に充実感を漂わせた。

「これだけきれいなグラウンドで、たくさんの人に集まってもらって、恥ずかしいゲームはできないと思っていました。復興の象徴であるスタジアムでこういうゲームができたことはすごく意味のあることだと思います」

 確かに新スタジアムは復興のシンボルである。鵜住居地区は2011年の東日本大震災で甚大な被害を受けた。児童、生徒は全員助かったが、鵜住居小学校、釜石東中学校は全壊し、スタジアムはその跡地に建設された。震災直後の悲惨な風景を思い出すと、感慨深いものがある。

 縁なのだろう。震災の約3か月後、釜石市に来て、釜石SWと「復興祈願マッチ」をしたのが、ヤマハ発動機だった。その試合の前後、新日鉄釜石のOBから「ラグビーワールドカップ招致」の話が持ち上がり、2015年3月、周りの支援もあって招致が成功した。17年4月、新スタジアムが着工され、この日を迎えることになったのである。

 海と山に囲まれた新スタジアムは牧歌的な空気に包まれている。まるで映画『フィールド・オブ・ドリームス』のごとき夢舞台である。常設が約6千席。うち約5千席を木製とし、林野火災で被災した地元のスギ材も使われている。ワールドカップでは仮設スタンドが増設され、収容が約1万6千人となる。それでも大会基準でみるとコンパクトな設計だ。

 ヤマハの清宮克幸監督はこの日、スタジアムの一番上あたりの席に座っていた。

「海が見えて、その前に防波堤が高く高くそびえ立っているように見える。でも、その上には、あたたかい観客席とスタジアムと緑の芝生・・・。鵜住居という場所を知っている人間にとっては、何とも言えない、そう、言葉にできない一日でしたね」