2012.11.01

【ラグビー】日本人初の快挙!
田中史朗が語る「僕がスーパーラグビーに挑戦するワケ」

  • 斉藤健仁●文・撮影 text & photo by Saito Kenji

 チームメイトも、対戦相手も、W杯優勝経験のある3ヵ国の代表選手や、それに準ずる選手ばかり――。そんな世界一タフなリーグに、日本人がプレイする日が来るとは……。心が躍る。

 田中が所属することになったのは、ニュージーランド南部の都市ダニーデンを本拠地とする『ハイランダーズ』。昨年は9位、最高成績は1999年の準優勝。ただし来年は、優勝候補のひとつに数えられている強豪だ。

 昨年まで日本代表を率いたジョン・カーワンHC時代、田中に付いた異名は「笑う暗殺者」。少年のような体と笑顔だが、素早い球さばきとタックルが武器だ。中学1年からラグビーを始め、伏見工、京産大を経て、2007-08シーズンから三洋電機(現パナソニック)でプレイし、新人王とベスト15を受賞。その後もチームの数々のタイトル獲得に貢献した。昨年のW杯も日本代表の主力として戦ったが、20年ぶりの白星に手は届かなかった。その責任を強く感じている27歳の田中は、今春の日本代表を辞退し、ニュージーランドでのプレイを選んだ。その理由を、田中はこう語る。

「2019年の(自国開催の)W杯のことが頭にあった。成功させないと(日本の)ラグビーが終わってしまう。誰かが世界に出て、日本をアピールしないといけないと思っていた」

 2012年5月からニュージーランドへ渡り、クラブチームでアマチュアとしてプレイ。8月末から、かつて三洋電機でハーフ団を組んだトニー・ブラウンがHCを務めるオタゴ州代表に選出された。そして『州代表選手権』という呼び名でも知られるニュージーランドの国内プロリーグ、『ITMカップ』のチャンピオンシップ(2部相当)で研鑽を積んだ。

 ニュージーランド国内の12チームが参加する『ITMカップ』に対し、ニュージーランドに本拠地を置く『スーパーラグビー』のチームは5つ。過去に相当実績のある選手か、ITMカップでの活躍が認められた選手しか、上位リーグに当たるスーパーラグビーの舞台に立てない狭き門だ。しかも、ラグビー強国とは言えない日本人選手としては、ITMカップでのアピールは必要不可欠。そんな状況の中で、田中はリーグ戦全10試合と、プレイオフ2試合の計12試合で、先発として背番号『9』を背負い続けた。