「ハリケーン・ヒラノ」の呼び名が誕生。
平野美宇が中国トップ3撃破の衝撃

  • 栗田シメイ●取材・文 text by Kurita Shimei
  • photo by Kyodo News

 こうして平野は、日本勢にとって21年ぶりのアジア王者となった。「みうみま」と呼ばれた伊藤とのペアで話題になることも多かったが、翌日のスポーツ誌面には平野美宇の名が大きく並んだ。この大会での優勝を経て、世界ランキングは一時5位まで上昇(現在は11位)。その年の平野は、1月の日本選手権を史上最年少の16歳9カ月で優勝、6月の世界選手権でも日本勢としては48年ぶりに3位に入賞するなど、記録ずくめの1年になった。

 あの衝撃から3年。2018年、2019年は平野にとって苦しんだ2年間でもあった。淡々と冷静な試合運びをする伊藤に対して、平野はどちらかといえばプレーの良し悪しが表情に出るタイプといえる。革新的だった平野のスタイルは、世界中からマークの対象となり、平野の表情から笑顔が消える機会も増えた。調子がいい時は強者をも圧倒する一方で、世界ランキングで格下の相手に取りこぼしも目立った。

 昨年は復調の兆しを見せていたが、石川佳純との東京五輪シングルス枠争いでは、ポイントリードして迎えた12月上旬の直接対決に敗れて逆転を許し、"最終決戦"となった数日後のグランドファイナルで初戦敗退して内定を逃した。それでも、伊藤、石川に次ぐ団体戦の3人目のメンバーとして東京五輪を戦う。前大会の悔しさをバネに、平野は小学校1年生から口にしていた「金メダル」への挑戦権を掴んだ。

「中国に勝たないと金メダルはない」

 ことあるごとに、平野は報道陣に対してそう繰り返してきた。まだ20歳と若いため、大会延期による1年の準備期間で、再び中国人選手を打ち破った頃の勢いを取り戻しても不思議ではない。日本チームにとっても、平野の進化は金メダル獲得を目指す上での重要な要素になる。

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