【卓球】福原愛・石川佳純。
日本卓球を変えたふたりの天才少女

  • 小川勝●文 text by Ogawa Masaru
  • photo by JMPA

 日本卓球界が得た、希代の選手、福原と石川。福原23歳、石川19歳。年齢的には若いが、ふたりの辿ってきた道のりは、平坦なものではなかった。

 福原と石川は日本のスポーツ界で唯一無二の地位を築いた選手だった。他のスポーツ選手と異なるのは、ふたりとも子どもの頃から有名だったことだ。

「天才卓球少女」としてテレビで取り上げられていた福原は、10歳の時にプロ宣言してミキハウスと契約。11歳の時の日本選手権で大学生に勝ち、13歳でベスト8。このあたりまでは「卓球アイドル」と見られていたが、2003年に14歳で世界選手権に出場し、日本選手最高のベスト8に入ると、トップ選手として誰もが認めざるを得なくなった。

 試合の中継よりニュース番組から有名になった福原は、テレビでは「有名人」として扱われていた。それでも、当時の卓球界には、一般の関心を引くスター選手はおらず、まだ子どもだった福原が一番の頼りだった。

 そのような状況下で、彼女は長い間、一身に注目を浴びて育った。国内の国際大会に出場すると、優勝した外国選手さえ呼ばれないのに、福原だけが記者会見に呼ばれる。そういった「福原頼み」の状況は、彼女が初めて世界選手権の日本代表になった03年を起点に考えても、4年間続いた。そして、この先もずっと続くかと思われた「福原頼み」の状況に、変化が起こったのは2007年1月の日本選手権のことだった。

 13歳の石川が、ベスト4に勝ち残ってセンセーションを巻き起こしたのである。石川が世界選手権の代表に選ばれ、ふたりは代表チームの合宿で初めて出会うことになった。

 石川から見れば、福原はやはり「テレビで見たことのある有名人」だった。山口県出身の石川は、小学生の頃、広島市で行なわれた大会に出場した福原を、見に行ったことがあるという。だが、初めて話をしたのは07年に日本代表入りした時だった。「テレビで見た人と話すって、それまでなかったから、不思議な感じだった」と言う。

 福原にとって石川は、代表チームにおいて、初めて出会った年下の選手だった。また、自分と同じくらい注目される選手が出てきたのも初めてのことだった。最初は、どのように接していくのがいいのか、石川との関係を測りかねている印象があった。

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