涙とともに成長した渡邊雄太。W杯の教訓は「プレッシャーに勝つこと」 (2ページ目)

  • 小永吉陽子●取材・文 text by Konagayoshi Yoko
  • 加藤誠夫●写真 photo by Kato Yoshio

 今大会に向けても、上昇気流に乗っていた男子バスケ界の状況を受けて「このW杯の結果が日本のバスケの未来につながる」と言い切っていた。みずからを追い込んで奮い立たせて臨む。それこそが渡邊のビッグゲームへの挑み方なのだが、W杯では遅かったとはいえ、八村不在の最終戦でようやく本来の力を出すことができた。

 正直なところ、プレーの面では無謀とも思える突破もあった。代表における渡邊の役割は点取り屋ではなく、ディフェンスを含めて状況判断をしながら多岐にわたってチームを助けることにある。だが、最終戦では、パスができる場面でも自分で攻めることを第一の選択とした。でも、それでよかったのだ。結局チームプレーが練り上げられていなかった日本が勝利するには、「自分がやってやる」と覚悟を決めた者が、相手とのコンタクトプレーに怯まずに切り拓いていく手段しかなかったのだから。

 思えば、渡邊の前にはいつも試練があり、それをひとつずつ乗り越え、自信をつけ、成長していったことをモンテネグロ戦で、再度気づかされた。

 香川・尽誠学園高の2年時、冬のウインターカップで準優勝を果たしたときの渡邊は、2m超えのオールラウンダーとして、一躍その名をあげた。しかし、3年生になるとリーダーシップの面で課題が出て、夏のインターハイは初戦(2回戦)敗退。その悔しさをバネに冬のウインターカップでは接戦を制する粘り強さを身につけ、2年連続で準優勝の成績を収めている。

 リーダーシップを身につけたのは、失意のインターハイ後に行なわれたU18代表でキャプテンを任された経験が大きかった。U18アジア選手権では大会中に捻挫をして思うようなプレーができないことで、試合後には自分の弱さに打ちひしがれて毎回のように泣いていた。その涙は責任感の表れなのだが、渡邊の性格上、どうしてもプレッシャーを背負い込んでしまっていたのだ。

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