竹内譲次は2006年の後悔を糧に進化中。
「W杯が日本バスケの分岐点」

  • 小永吉陽子●取材・文・写真 text&photo by Konagayoshi Yoko

――では、34歳になった自分が日本代表でやるべきこと、世界の舞台でアプローチすることは何でしょうか。

 自分自身、ワールドカップに出られるかもという状況で、次はどうしたいかというと、「日本のバスケが強くなっていく一端を担いたい」という気持ちがあります。それは世界との差を詰めることだったり、日本のバスケを盛り上げることだったり、そういった自分のやれる役割を果たしたい。こういったことはベテランだからというのではなく、代表選手各々が考えることですが、ひとつ言えるのは、今までは世界に出るチャンスが本当に少なかったということ。僕も全部が全部、今までのチャンスを無駄にしてきたわけではないですけど、今度はもっと悔いの残らないように、このワールドカップに出られるチャンスを無駄にしたくないです。

2006年世界選手権の経験を、今の選手に伝える役割を担っている2006年世界選手権の経験を、今の選手に伝える役割を担っている――ワールドカップ予選は4連敗からの6連勝。竹内選手は、役割をこなしながらも意欲的で技量が向上しています。以前その理由を聞いた時に「八村塁(ゴンザガ大)にいい刺激をもらった」と答えていますが、どのような部分で八村選手に影響されたのですか?

 Window3のオーストラリア戦の前に塁がはじめて代表に加入したんですが、それまではアンダーカテゴリーの大会で得点王(U17ワールドカップ得点王、U19ワールドカップ得点2位)になったことは聞いていたので、もう完全に抜かれているだろうなと思ったんですけど、いざ一緒に練習をしてみたら、抜かれているどころではない差を感じたのが正直なところでした。彼は大学3年生で、そんな若い選手に圧倒的な差をつけられていたかと思うと、アメリカに行って鍛えているのだからしょうがないなと思う一方で、やっぱり、どこか悔しい気持ちもあったんですね。差はあると思いつつも、コイツに負けたくないという気持ちと、その差を埋めたいという気持ちが芽生えたので、そこは自分にとっていいスパイスになりました。

――八村選手はチームプレーの中で「我」を出して積極的に攻める。竹内選手もこれまでだったら、パスしていたところを自分で攻めたり、あと一歩を踏み込むプレーが出せています。これも八村選手の影響ですか?

 自分は塁とは同じようなプレーはできないですけど、自分にとってはいいライバルというか、いい目標ができたと思っています。塁に対抗できるだけの術を探したい思いで彼と一緒に練習をする中で、考えてやる過程そのものがプラスになって、積極的なプレーになったのだと思います。また、アルバルクのルカ(・パビチェビッチ)や日本代表のフリオ・ラマスのような指導者に恵まれたことも、そういう姿勢になれました。当然、試合が始まれば負けたくないけれど、試合に持って行く過程において、自分がどういうモチベーションで練習に臨めるのかがすごく大事なのであって、塁の存在が自分にとっていいモチベーションになっていると思います。

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