ケビン・ガーネットはなぜ「ひっそりと引退表明」せざるを得なかったのか (2ページ目)

  • 宮地陽子●取材・文 text by Miyaji Yoko
  • photo by Getty Images

 1995年、20年ぶりに高校卒業と同時にNBA入りした選手となり、その後、多くの高卒選手たちがNBAを目指すきっかけを作った。長身ながら、ゴール下よりも外でプレーするタイプの選手の先駆けでもあった。1回ではあるが、NBA優勝も成し遂げ、リーグMVPに選ばれたこともあった。

 それだけの実績がありながら、現役の終わりがほろ苦いのは、一度は修復できたかのように見えたミネソタ・ティンバーウルブズとのつながりが、ふたたび絡み合い、切れてしまったかのようにも見えるからだ。

 人一倍、忠誠心が強いガーネットは、1995年にドラフト指名されて以来所属していたティンバーウルブズでキャリアを終えたいと思っていた。しかし、2007年にオーナーのグレン・テイラーから高額の契約延長を拒否され、その結果としてボストン・セルティックスに移籍することになり、そのことに傷つき、裏切られたような気持ちになっていた。

 その両者の関係を修復し、ガーネットにふたたびティンバーウルブズに戻るように説得し、2015年2月にガーネット獲得のトレードをまとめたのが、当時ティンバーウルブズのバスケットボール部門運営責任者兼ヘッドコーチで、ガーネットにとって信頼できる友人でもあったフリップ・サンダースだった。

2 / 5

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る