検索

MotoGP小椋藍、日本人22年ぶりの優勝を語る 「『自分が世界で一番速かった』と、より強く感じた」 (2ページ目)

  • 西村 章●取材・文 text by Akira Nishimura

【優勝翌日は泰然自若とした様子】

 一方で課題もある。グリッド位置を決定する予選の一発タイムだ。

 ほかのライダーたちを凌駕する驚速タイムを出すことが難しく、どうしてもスプリントや決勝では中段グリッドあたりからのレース開始を強いられていた。だが、後方からのスタートでも安定感の高い走りで順位を上げてゆく小椋に対して、「もしも予選で上位グリッドを獲得できれば、レース序盤から先頭集団で争えるだろう」と見る欧州のレース関係者は少なくなかった。

 そして第9戦チェコGPでは、ついに自身初となるポールポジションを獲得。土曜のスプリントと日曜の決勝は、ともに2位で終えた。次戦のオランダGPでは、ふたたび予選でフロントロー2番グリッドを獲得。土曜スプリントは2位で終え、翌日の日曜に行なわれた決勝レースで、ついに優勝を勝ち取った。

 このように、劇的なMotoGP初優勝に至るまでの過程をつぶさに見てゆくと、そうなるだけの蓄積が続いてきたからこその好結果であったことがよくわかる。

「自分はMoto3では優勝できなかったんですが、もしもMoto3で勝っていたとすれば、Moto2で優勝した時にはMoto3の優勝よりもうれしいと感じていただろうし、その意味でMotoGPの優勝は、もちろんMoto2で優勝した時よりもうれしかったですね。

 Moto2で優勝した時は、『その日、そのバイクでは、自分が世界一速かったんだ』と思ったのですが、MotoGPでは『自分が世界で一番速かった』という気持ちはより強く感じました」

 同じアプリリアのマシンを駆るチャンピオン経験ライダー、ホルヘ・マルティン(Aprilia Racing)や、昨年度王者でMotoGPのタイトルを7回制したマルク・マルケス(Ducati Lenovo Team)を後方に従えて、誰よりも先に「世界一速い」ライダーとしてチェッカーフラッグを受けた気持ちは、さぞや格別だっただろう。

 だが、世界の頂点を極めたそんなうれしさも、「次の日には、まあ、落ち着いていましたよね」という。そんな泰然自若とした様子が、いかにも小椋藍らしい。この落ち着きがコース上に反映されると、タイムの落ち幅が小さい安定したラップや、狙い澄ましたように目の前の選手を抜き去る鮮やかなオーバーテイクとして現れるのだろう。

2 / 4

  • Googleで優先するソースとして追加

Googleの「優先ソース」について

キーワード

このページのトップに戻る