検索

トヨタは若手ドライバーが育っているのか? F1へのステップアップの見通しは? 中嶋一貴に熱田護が直撃インタビュー (2ページ目)

  • 熱田 護●取材・撮影 interview & photo by Mamoru Atsuta
  • 川原田 剛●構成・文 text by Tsuyoshi Kawarada

【トヨタからF1ドライバー誕生なるか?】

熱田 F1で勝てるドライバーを育てるためには長い時間がかかると思いますが、モリゾウさん(トヨタ自動車・豊田章男会長)がサポートするとおっしゃってくれるのはレース界にとってすごくいいことだと思います。中嶋さんは世界で戦うことの難しさを肌で知っていると思いますので、現場で若い選手の育成を強力に進めていってほしい。

中嶋 そうですね。僕自身もできるだけ若い選手がいい環境で戦えるようにサポートしていきたいですし、トヨタとしてもエントリーレベルで手軽にモータースポーツを楽しめるようにGR カートを開発しています。

熱田 今、レーシングカートのマシンは100万円以上もするのですよね。GRカートは誰でも手軽に始められるよう40万円以下の低価格になると聞いています。

中嶋 手頃な価格でレーシングカートを始められるような環境づくりを、TOYOTA GAZOO Racingのほうでも動き出してもらっています。モリゾウさんは「モータースポーツを日本の文化に!」とおっしゃっています。その目標を実現するためには長い時間がかかると思いますが、文化を醸成するためにはドライバー育成がすごく重要な役割を担うと考えています。

熱田 未来に向けてカート人口を増やすことは大事ですが、現状では日本人のF1ドライバーはひとりもいません。ここもなんとかすべきだと思います。トヨタのドライバーで今、F1に一番近いところにいるのは平川選手です。ハースは来年、エステバン・オコン選手がチームを離れるという話も出ていますので、大きなチャンスだと思います。

中嶋 TGRはハースF1チームとともにF1で活躍できるドライバーを育てていきたいと考えています。そしてそのひとりである平川選手をサポートしています。TGRはハースのタイトルスポンサーをしていますが、ドライバーの評価や選定を行なうのはハースです。

 そのため、もし平川選手がF1に乗れたとしたら、それは純粋に彼の実力を評価されたということになります。僕らとしては、彼がシートを獲得できるように全力でサポートしたいとは思います。平川選手に関しては、年齢のことに引っかかる人が多いかもしれませんが、彼のすごさはドライバーに年齢は関係ないんだと思わせてくれるところです。

熱田 平川選手はWECでチャンピオンになり、2024年にはマクラーレン、2025年にはアルピーヌ、その後はハースでもリザーブドライバーを務めています。彼はどこが優れているのでしょうか?

中嶋 平川選手のことは日本での若い頃からよく知っていますが、彼は2022年からWECに挑戦し、海外でレースを本格的に始めています。平川選手は新しい経験を全部吸収して自分のものにする力があるのです。

 WECでもF1でもそうですけど、新しい環境に適応してしっかりとパフォーマンスを出し、その経験をどんどん積み重ねていけるドライバーだと思います。まだまだポテンシャルはあって、底が見えないドライバーだと個人的には思っていますので、すごく期待感があります。実力的には十分、F1ドライバーと肩を並べられるところにいると思っています。

 ただ繰り返しになりますが、ドライバーラインナップを決定するのはあくまでハースです。我々としては平川選手の実力が評価され、レギュラードライバーになれるように全力でサポートしていきます。

終わり

前編から読む

<プロフィール>
中嶋一貴 なかじま・かずき/1985年、愛知県生まれ。トヨタ・レーシング副会長。2003年、フォーミュラトヨタでチャンピオンを獲得。その後、トヨタの育成ドライバーとしてステップアップを重ね、2008年からF1に2シーズン参戦。2011年からフォーミュラ・ニッポン(現・スーパーフォーミュラ)に参戦し、2012年と2014年にチャンピオンとなる。2011〜2019年にはスーパーGTのGT500クラスに参戦。2015年から世界耐久選手権(WEC)にもレギュラー参戦し、2018−2019シーズンには2勝して日本人初のチャンピオンとなり、ル・マン24時間では2018年から3連覇。2021年限りで現役引退。

著者プロフィール

  • 熱田護

    熱田護 (あつた・まもる)

    フォトグラファー。1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦したのち、1991年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。取材500戦を超える日本を代表するF1カメラマンのひとり。

  • 川原田剛

    川原田剛 (かわらだ・つよし)

    1991年からF1専門誌で編集者として働き始め、その後フリーランスのライターとして独立。一般誌やスポーツ専門誌にモータースポーツの記事を執筆。現在は『週刊プレイボーイ』で連載「堂本光一 コンマ1秒の恍惚」を担当。スポーツ総合雑誌『webスポルティーバ』をはじめ、さまざまな媒体でスポーツやエンターテイメントの世界で活躍する人物のインタビュー記事を手がけている。

フォトギャラリーを見る

2 / 2

  • Googleで優先するソースとして追加

Googleの「優先ソース」について

キーワード

このページのトップに戻る