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【F1】アストンマーティン・ホンダだけ「レース」ができなかった「屈辱の開幕戦」を整理する (3ページ目)

  • 米家峰起●取材・文 text by Mineoki Yoneya

【アロンソが笑顔だった理由】

 その結果、「振動によるバッテリー破損」の懸念は解消したものの、「残る2基」を絶対に失わないよう、細心の注意を払う必要に迫られる事態となった。

 テストから開幕戦まで走行距離が稼げていないことに加え、アストンマーティンがこのオーストラリアGPに新型フロントウイングやフロアボード、フロアといった空力面のアップデートを投入したことで、マシンのセットアップが十分にできていないままレース週末を戦うことになってしまった。アロンソ車がFP1に出走できなかったことで、大がかりな気流センサーを装着しての新旧比較データ収集もできないままだった。

 それでもアロンソは、金曜の4.933秒落ちから予選Q1では2.462秒差まで縮まったことに笑顔を見せた。

「正直に言って、FP2からFP3、予選とクルマはほとんどいじっていないんだ。それなのに4.5秒差だったのが2.5秒差まで詰められた。つまり、それだけマシンには大きなポテンシャルがあるということだ。

 ただ走行を重ねただけで、2秒も速くなったんだ。逆に言えば、信頼性がマシンの足を引っ張っていたということでもある。安定して走れないことでセットアップ作業が進められなかったりね。今回は普通のFP2とFP3を走ることができて、大きく前進することができた。この調子で力を合わせて前に進み続けるだけだよ」

 概算でストレートとコーナーのタイムロスがおよそ半々だった金曜に比べ、土曜はコーナーでのロスを半減させることができ、ストレートのロスが71%、コーナーのロスが29%という段階まで縮めた。

 それでも、アストンマーティン・ホンダが本来目指しているところからほど遠いことは事実で、キャデラック以外のライバルと戦えるレベルにないことも確かだった。コーナーだけで1秒以上遅れているのであれば、メルセデスAMGのパワーユニットを積んでも中団トップを争えるかどうか、という状態でしかない。

 であれば、目の前のレースという自己満足よりも、今後につなげるためのデータ収集をやろうというのが、彼らの『プランA』だったというわけだ。

◆つづく>>

著者プロフィール

  • 米家峰起

    米家峰起 (よねや・みねおき)

    F1解説者。 1981年1月31日生まれ、兵庫県出身。F1雑誌の編集者からフリーランスとなり2009年にF1全戦取材を開始、F1取材歴14年。各種媒体に執筆、フジテレビNEXTやYouTube『F1LIFE channel』での解説を務める。

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