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【F1】角田裕毅の5年間を振り返る 怖いもの知らずの1年目はデビュー戦9位・最終戦で自己最高4位 (2ページ目)

  • 米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki

「ポイントは意識せず、ガムシャラに前を狙って走っていました。スタートで出遅れたのと、1周目にアグレッシブに行かなさすぎて、ポジションを落としてしまったんです。そこからはポジションを挽回するばかりのレースになってしまった。

(問題は)最初に順位を落としすぎてしまっただけですね。特に難しいところはなく、想定していたとおりでした。50パーセントはうれしくてホッとした気持ちと、50パーセントは悔しい気持ちです」

(2)2021年@第22戦アブダビGP

 デビューイヤーの最終戦アブダビGPで、角田は4位という自己最高位を挙げた。5年間のキャリアを通しても、これがベストの結果となっている。

 衝撃のデビュー戦に続く第2戦エミリア・ロマーニャの予選で、過信とフラストレーションから無謀なドライビングで激しいクラッシュを演じてしまった角田は、一気にスランプに陥ってしまった。F1の難しさを知ってようやくその壁の高さに気づき、自信を失い、マシンにも異常が見られるようになって、負のスパイラルへと飲み込まれてしまった。

 そこからエンジニアたちの協力や、アレクサンダー・アルボン(当時レッドブルのリザーブ兼テストドライバー)の助言、新造モノコックの投入などもあって、後半戦に入りようやく調子を取り戻し、迎えた最終戦アブダビGPでは予選8位と初めてチームメイトのピエール・ガスリーを上回った。そして決勝でも好走を見せ、アルファタウリ勢は7位・8位と快走する。

 残り1周のセーフティカーリスタートで4位に浮上し、ターン8からのシフトアップミスがなければ3位表彰台もあり得た。それはあくまでオマケでしかなく過大評価するべきではないが、ルーキーの角田がスランプから脱し、チームメイトも上回り、実力で中団トップの7位を走ったのは、これ以上なく上出来のレース週末だった。

 これがあったからこそ、角田は2年目のシーズンに向けて自信を持ち、さらなる飛躍を果たすことができたと言える。そういう意味で、角田にとっては大きなマイルストーンとなるレースだった。

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