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父と兄は元F1ドライバー、国内トップレーサー・中嶋大祐が突然引退し航空機のパイロットに転身した理由 (2ページ目)

  • 川原田 剛●取材・文 text by Kawarada Tsuyoshi
  • 西木 義和●撮影 photo by Nishiki Yoshikazu

【レース引退の葛藤と新しい夢への挑戦】

ーーでも、当時の中嶋さんはホンダのワークスドライバーで、国内のトップドライバーのひとりでした。ある意味、プロのドライバー全員が目指すポジションにいて、やろうと思えば、あと10年ぐらいは現役選手を続けられたはずです。しかもナカジマレーシングという名門チームのマネジメントをする道もあったわけですが、その両方を簡単に捨てることができたのですか?

 いや、もちろんいろいろな思いがあって、ひと言では言えませんが、ドライバーとしては自分が目指しているような結果がなかなか出ませんでした。そういうなかで、私がその当時、座っていたシートに乗りたいという下のカテゴリーで戦っている若い人がいっぱいいたわけです。

 もちろんドライバーの仕事を一生懸命に頑張っていたので、いきなり若い人に負けるとは思っていませんでしたし、まだまだやれるぞという気持ちはありました。ただ、そこで私が乗り続けるよりも、もっと若い人が乗ったほうが長い目で見たらいい未来があるんじゃないかという気持ちが芽生えてしまった。そんなふうに考えたら現役選手としてはもうおしまいだと思うんです。

 でも、それ以上に大きかったのは、やっぱり自分がやりたいことが見つかってチャレンジしてみたいという気持ちが強くなってきたことです。それがなければまた違っていたかもしれませんが......。

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ーーナカジマレーシングを継ぐことに関しても、スッパリとあきらめることができたのですか?

 チームの運営に関して言えば、正直やってみたいという気持ちはありましたが、それもドライバーを引退しようと思った理由と一緒ですね。あえて私がやらなくても、他にもやりたい人がいるでしょうし、チームがよりよい形になるためには、私がいなくてもいいんじゃないかなと思ったんです。

ーーチーム代表を務める悟さんは、チームを引き継いでほしかったんじゃないですか。実際にそう言われたことは?

 やりなさいと言われたことはいっさいないですね。そこはやっぱり父も私に対して気を遣ってくれていたんだと思います。ただ、もし私がやりたいと言った時には否定もしないとは思うのですが......。でもまあ、父も好きなことをやり続けてきた人間です。私が新しいことに挑戦しようという気持ちはわかってくれていると思っています。

ーー兄の一貴さんには引退することを相談したんですか?

 いや、事前の相談は何もしてないですね。自分で将来どうするのかをすべて決めたあとに「レースをやめる」という話はしました。もちろん引退を公表する前のことです。兄は最初すごくビックリしていた記憶がありますけど、応援してくれましたね。

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