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【F1】角田裕毅が「記憶から消したい」中国GP 2025年型マシンで苦手を克服できるか

  • 米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki

 予選5位の歓喜から決勝の失意となったオーストラリアGPを終えて、角田裕毅とレーシングブルズは中国GPが行なわれる上海へとやって来た。

 この3日間ですっかりリフレッシュした角田は、失望に終わったメルボルンのレースもしっかりとレビューをして学び、すでに「過去」のものとしてきた。

「あれは完全に戦略ミスでしたけど、すべて分析して理解しました。ちょっとギャンブルでしたし、去年のブラジルでステイアウトしなくて仇(あだ)になった手痛い思い出が(チームの)頭のなかにあって、それが少し影響してああいう決断につながったところもあったと思います。

 天気というのはどっちに転ぶかわからないので難しいところですけど、今回は不運なことにほとんどのチームが(44周目に入る)いい戦略を採ったので、その分よけいに僕らとしては悔しい結果になってしまったかなと思います」

角田裕毅が開幕戦のステイアウトを振り返る photo by BOOZY角田裕毅が開幕戦のステイアウトを振り返る photo by BOOZYこの記事に関連する写真を見る あれだけコロコロと天候が変わる状況下で、ドライバーにできることはほとんどない。正しい戦略判断を下すのはチームだ。

 雨が降り出した44周目にランド・ノリス(マクラーレン)やジョージ・ラッセル(メルセデスAMG)がピットに飛び込んだのに対し、ステイアウトしたところまでは決して悪くなかった。

 問題は翌周、45周目に一度はピットインの指示を出したものの、後続とのギャップを見てステイアウトに切り替えたことだ。

 そこでピットインすれば、スタートからずっと6位を争っていたアレクサンダー・アルボン(ウイリアムズ)の後方になってしまう。それを見て、チームはピットインを躊躇してしまった。

 だが、そこで入っておけばまだ入賞は可能で傷口も小さくて済んだ可能性があったが、さらにもう1周ステイアウトしたことで、中団勢の一番うしろまで下がることになってしまった。

 損切りができずに、さらに大きな損をしてしまったわけだ。

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著者プロフィール

  • 米家峰起

    米家峰起 (よねや・みねおき)

    F1解説者。 1981年1月31日生まれ、兵庫県出身。F1雑誌の編集者からフリーランスとなり2009年にF1全戦取材を開始、F1取材歴14年。各種媒体に執筆、フジテレビNEXTやYouTube『F1LIFE channel』での解説を務める。

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