2020.10.22

中野真矢が加藤大治郎と繰り広げた熱戦。20年前、激動のロードレース界

  • 西村章●取材・文 text by Nishimura Akira
  • 竹内秀信●撮影 photo by Takeuchi Hidenobu

 加藤は1997年に全日本250ccクラスのチャンピオンを獲得し、翌98年には中野がその座を奪ってチャンピオン。この強烈なライバル関係はそのままグランプリの世界へシフトし、しかもそれがトップレベルで繰り広げられたのが、2000年というシーズンだった。

 加藤が所属したのは、イタリア人監督のファウスト・グレシーニ率いるグレシーニ・レーシング。中野はフランスの伊達男エルベ・ポンシャラルが束ねるTech3チーム。ともに、準ファクトリーといっていい名門チームである。加藤がデビューシーズン序盤から優勝争いに食い込んだことは驚異的だが、グランプリ2年目でチャンピオンを争っていた中野の直接のライバルになったのは、チームメイトのフランス人選手オリビエ・ジャックだった。終盤2戦、第15戦パシフィックGPと最終戦の第16戦オーストラリアGPで、シーズンの戦いは最大の山場を迎えた。 

2000年、ツインリンクもてぎ開催のパシフィックGPで熱線を繰り広げる中野と加藤大治郎  ツインリンクもてぎで行なわれたパシフィックGPは、中野と加藤の一騎打ちになった。

 ポールポジションは加藤、中野は3番グリッド。ともにフロントローからのスタートだった。1周目から加藤がリードし、僅差で中野が追う。3番手以降は3周目ですでに大きく離れ、レースは序盤から加藤と中野だけの戦いになっていた。加藤と中野は、一貫して0.3〜0.5秒の差。文字どおり目と鼻の先という程度のわずかな距離だ。

 中野は眼前の加藤を追っている。その中野がチャンピオンを直接争っているジャックは、はるか後方にいた。中野は今の順位のまま2番手で終えても、最終戦でタイトルの雌雄を決することができる。そう考えたチームは、周回数が残りわずかになったときに、「OK」の文字を記したサインボードをメインストレートのピットウォールに提示した。そのまま順位を最後までキープせよ、という意味だ。

「ふざけんじゃねえ」