MotoGPホンダの神童ダニ・ペドロサ。苦難を戦い抜いた小柄なヒーロー (4ページ目)

  • 西村章●取材・文 text by Nishimura Akira
  • 竹内秀信●撮影 photo by Takeuchi Hidenobu

 しかし、その後のペドロサは、小さな体格でモンスターマシンを操らなければならない無理が、しわ寄せのような形でさまざまに表出した。典型例が、負傷とそれによるチャンスの逸失だ。

 他のライダーの項でも記したとおり、二輪ロードレーサーにとって、勝利の栄光と負傷のリスクは、いわば背中合わせだ。ケガはいつも、彼らの競技生活に影のようにつきまとう。なかでもペドロサは何度も負傷に悩まされ、その度に克服しながら選手活動を続けてきた。

 125cc時代や250cc時代にもケガを経験しているが、MotoGPデビューイヤーにも大きな負傷に遭っている。シーズン後半の第13戦、マレーシアGPの走行初日だった。金曜のセッションで大きな転倒を喫し、左足つま先の骨折と右膝を数針縫う裂傷(れっしょう)を負った。

 このマレーシアGP段階でのペドロサは、デビューイヤーながらチャンピオンの可能性をまだ残していた。膝の裂傷は縫合したものの、その部位が固まって動かなくなると翌日からバイクに乗れなくなってしまう。そうした事態を防ぐため、夜中もトレーナーが付きっきりで、数時間おきにペドロサの膝をあえて動かしていたのだ。

 決勝レースでは、序盤から3番手につけたが、負傷の状態を考えればやがて順位を落とすだろうとチーム側は予測した。だが、ペドロサは最後まで順位を維持し、3位でチェッカーフラッグを受けた。レースを終えたペドロサのブーツの中は、血で濡れていたという。

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