バレンティーノ・ロッシは熱狂を生む。デビュー時から「もっていた」

  • 西村章●取材・文 text by Nishimura Akira
  • 竹内秀信●撮影 photo by Takeuchi Hidenobu

 まさに世界中の熱い注目が集まったステップアップだった。結果は、全16戦中2勝で、年間ランキングは2位。後年になってロッシは、この年の走りについて「500ccの初年度は学習の年、という姿勢で臨んだためにそれなりの結果になった。むしろ、タイトルを獲得するつもりで戦うべきだった」と振り返っている。バージェスも同様の回顧をしている。

 翌2001年は2ストローク500cc最後のシーズンで、02年からは4ストローク990ccへとマシンの技術仕様が変更になる。つまり、21世紀最初の年は、ロッシにとって伝統の500ccクラスでチャンピオンを獲得する最後のチャンスだった、というわけだ。ロッシは125ccと250ccでそれぞれ参戦2年目にタイトルを獲得しており、500ccクラスでも当然、それを再現するだろうと期待されていた。

 この年の開幕戦は日本GP、鈴鹿サーキットで開催された。このレースはまた、ホンダのマシンが125cc、250cc、500ccの全クラスで優勝すればグランプリ通算500勝を達成する、という大きな記録のかかった一戦だった。偶然とはいえ、そんな節目に巡り合わせる運をもっているのが、ロッシのスター性をよく象徴している。

 そしてレースは言うまでもなくロッシが優勝を飾り、当然のようにホンダグランプリ史の節目を飾る栄誉に浴する。

 この500勝の実現は、125ccと250ccですでにホンダライダーが勝っていることが前提だった。125ccクラスでは、東雅雄が2位以下を僅差で抑えて優勝。「レースの前は、プレッシャーで吐きそうなくらい緊張した」と東はレース後に述べ、ひきつったような笑みをうかべた。250ccクラスのレースは加藤大治郎が独走で勝利した。そして、すべてのお膳立てが整ったところで、満を持したようにロッシが登場して500ccクラスで優勝し、ホンダ500勝の栄冠を独り占めにした。

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