2020.05.27

親子二代でF1王者。デイモン・ヒルは困窮を乗り越えて勝利した

  • 川原田剛●文 text by Kawarada Tsuyoshi
  • 桜井淳雄●撮影 photo by Sakurai Atsuo(BOOZY.CO)

 1994年、シューマッハと最終戦オーストラリアまでもつれ込んだタイトル争いは壮絶だった。1点差リードでアデレードに乗り込んだシューマッハは、トップ走行中に自らのミスでコースアウト。追い抜こうとしたヒルに対して体当たりに近い無理なブロックを仕掛けて両者は接触。ともにリタイアに終わり、シューマッハは辛くも初タイトルを獲得する。

 後味の悪い結末だったが、ヒルはシューマッハを一切非難していない。それどころか翌日、シューマッハと一緒に朝食をとり、タイトル獲得を祝福している。それがヒルなのである。

 96年、ヒルは16戦中8勝を挙げ、最終戦となった日本GPで初タイトルを決定。史上初めて親子二代でワールドチャンピオンになった。しかしウイリアムズの首脳陣はヒルの走りに満足せず、彼はチームから放り出される。

 ただ、ヒルの実力を評価している人物はチーム内に少なからずいた。例えば、当時ウイリアムズのチーフデザイナーを務めていた"空力の鬼才"エイドリアン・ニューウェイ。彼はこの解任劇に激怒し、他チームへの移籍を決断するほどだった。

 のちに、マクラーレンやレッドブルで数々のタイトル獲得に貢献した天才デザイナーの怒りは正当だった。ヒルの解任を機にウイリアムズの成績は下降線を描き出す。ヒルはウイリアムズよりも明らかに力の劣るアロウズとジョーダンで戦うことになるが、むしろ彼はドライバーとしての評価を大きく上げていくことになった。