2020.04.22

名は体を表す。小林可夢偉は
何度も「偉大な夢を可能に」してきた

  • 米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki
  • 桜井淳雄●撮影 photo by Sakurai Atsuo(BOOZY.CO)


 そこで、ブラウンGPのジェンソン・バトンを向こうに回して堂々たる走りを見せ、ただならぬ新人という注目を集めることになった。

 バトンはそのブロックに不満を漏らしたが、タイトル争いがかかった相手とはいえ、同一周回であるからには譲る必要などないという走りをデビュー戦から見せたのも、小林可夢偉らしいところだった。

 ブラジルでは9位フィニッシュを果たし(当時は入賞圏外)、次の最終戦アブダビGPでは上位勢と同等の走りで6位入賞。

 実を言えば、この時点でトヨタがF1から撤退することはほぼ決まっていた。もし、可夢偉がこの2戦を走ることなくその時を迎えていれば、ザウバーやルノーから破格のオファーを受けて2010年からF1のレギュラーシートを獲得することもなかっただろう。

 驚くほどの幸運に恵まれたことも確かだが、そのチャンスにしっかりと結果を出し、未来を掴み取ったのは可夢偉自身の力だった。

 リザーブドライバーという立場に甘んじることなく、自分がレースをしたいという強い執念を持ち、いつそのチャンスが巡って来てもいいように準備をする。だからこそ可夢偉は、トヨタのF1撤退寸前という最後の最後に残されたほんのわずかなチャンスを掴み取って、F1の世界に飛び込むことができたのだ。