2019.08.28

リーマンショック発生でF1を目前に帰国。それでも塚越広大は走り続ける

  • 川原田剛●取材・文 text by Kawarada Tsuyoshi
  • 能登直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

■モータースポーツの世界でプロを目指すうえで、避けて通れないのは「お金の問題」だ。塚越は一般のサラリーマン家庭の子どもで、そこからプロになることができたが、現実的にプロドライバーの多くは裕福な家庭に育っていることが多い。モータースポーツは道具を使うスポーツで、道具の優劣が勝敗を大きく分ける。資金力のある選手が有利なのは明白であるが、それを乗り越えるための方法はあると塚越は断言する。そして、その方法を身につけた者こそが、レースの世界でプロとして生き抜いていけると語る。

――モータースポーツの世界は、他の競技に比べると、道具や練習にかなりお金がかかります。練習するのも簡単ではありません。途中で挫折する人も多いですが、どのように乗り越えていけばいいのでしょうか?

「モータースポーツの場合、当然、お金の問題は避けて通れません。でもお金がないからできない、と言っているだけでは仕方がありません。それを乗り越えるためには、親や周囲の協力なしでは不可能です。まずは子ども本人がいかに親を動かすことができるか。そこが最初のポイントになりますが、家族のサポートだけではいずれ限界が来ます。さらに支えてくれる仲間を増やしていくことが求められます。実は、そういった力は、プロになったあとも必要となるんです。

レースは『チームスポーツ』です。ドライバーはひとりでは何もできません。クルマを準備してくれるメカニックやエンジニアだけでなく、レース主催者やスポンサー、メディアなど、いろんな方と仕事をしていきます。その中でいかに自分を応援してくれる人をたくさん見つけていくことができるかが、結果的に速さにつながっていきますし、資金の壁を乗り越えていく力にもなるんです」

――これからモータースポーツの世界にどのような形で貢献していきたいと考えていますか。

「いつかは自分でチームを持って、チーム運営をしたいという気持ちはあります。モータースポーツの世界で生きていくからには、いつの日かモータースポーツの世界に恩返しできるような活動をしていきたいと思っています。

今、僕は縁があって、『フォーミュランド・ラー飯能』というカートコースのオーナーを務めています。子どもの頃、僕はそこで初めてレーシングカートに乗ったのですが、いま、そこでカートスクールを開催して、これまでに何千人という子どもたちに教えてきました。その中から現在は全日本のカート選手権などで活躍している選手もいます。僕の教えた子どもたちが、いつの日か自分のライバルであったり、チームメイトであったり、自分がチームを持った時にはドライバーになってくれたら、すごくうれしいですね」

――最後にモータースポーツの魅力をあらためて教えてください。

「モータースポーツはいわば非現実的な世界で、日ごろはなかなか見ることできないいろんなタイプのクルマが、考えられないスピードや音を立てながら走り、競い合っています。フォーミュラカーやGTカーが高速コーナーを曲がっていく姿を間近で見ると、すごい迫力で、きっと驚くと思います。まずはピクニックや遊園地に行くような感覚でレース場に来てもらって、そういう世界をまずは肌で体験してもらいたいですね。サーキットでお待ちしています!」

 ■プロフィール 塚越広大(つかこし・こうだい)
1986年11月20日生まれ。栃木県日光市出身。父親のすすめで6歳からレーシングカートを始め、12歳で公式戦にデビュー。その後、各クラスで勝利を重ね、2002年には鈴鹿戦シリーズMFCクラスでチャンピオンを獲り、鈴鹿レーシングスクール・フォーミュラ(SRS-F)のスカラシップを獲得。2004年にSRS-Fに入校し、首席で卒業。同スクールのスカラシップ制度によりフォーミュラドリーム(FD)に参戦し、2005年にはシリーズチャンピオンに輝く。2006年から全日本F3選手権にステップアップし、2007年のF3マカオGPでは2位表彰台を獲得。2008年に渡英し、F3ユーロシリーズにフル参戦。シリーズ・ランキング6位に輝く。シーズンオフにはF1直下のGP2シリーズ(現在のF2)のテストに参加する。2009年からは活動の場を再び日本に移して、国内トップカテゴリーであるフォーミュラ・ニッポン(現:スーパーフォーミュラ)とスーパーGTにリアルレーシングから参戦中。今年でトップカテゴリーに参戦して11年目のシーズンを迎える。公式ホームページ>>https://www.tsukakoshikoudai.net/

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