2019.05.01

日本人ライダー、平成最後の
MotoGP勝利は玉田誠。2004年の圧倒的な快走

  • 西村章●取材・文 text by Nishimura Akira
  • 竹内秀信●撮影 photo by Takeuchi Hidenobu

 この年、MotoGP参戦2年目の玉田誠は、全盛期のバレンティーノ・ロッシを相手に彼の地元であるイタリアのムジェロ・サーキットで互角の優勝争いを繰り広げ、注目選手のひとりとなっていた。1カ月後のリオGP(ブラジル)では、終始圧倒的なハイペースを維持してマックス・ビアッジに差をつけて独走し、MotoGP初優勝を達成した。

 そして、シーズン後半戦のポルトガルGPでポールポジションを獲得。決勝レースではロッシに先行を許して2位でゴールした。表彰式後の記者会見では、「2位を獲得できてハッピー。この表彰台は次戦の日本GPに向けても、いいはずみになる」と行儀のいい発言に終始したが、その後あらためて彼に話を訊きにいくと、微妙な苦笑をうかべ「やっぱりね、めちゃめちゃ悔しいですよ」、そう正直に述べた。

「ポールポジションからスタートしてるんだから、優勝しなきゃダメっすよね……。でもまあ、次のレースでは俺が勝ちますから」

 2週間後の日本GPは、初秋に相応しい晴天で3日間が推移した。

 土曜午後の予選で、玉田は2戦連続となるポールポジションを獲得。セッション終了寸前に最後のタイムアタックでピットアウトした際には、全区間で最速タイムを更新していった。

 この時、最後にコースに残って走行していたのは玉田のみ。サーキット中の注目を一身に集めながら、区間を通過するたびに最速タイムを意味する赤いヘルメットがモニターに表示されてゆく。その姿は、まるで花道をゆく千両役者のようだ。後に、あのピットアウトのタイミングは狙っていたのか、と訊ねると、少し悪戯っぽい笑みで「うん」とうなずいた。

 日曜の決勝レースも、玉田の独壇場だった。

 序盤はロッシがトップを走行したが、6周目に玉田が前に出ると、中盤周回以降は圧倒的なペースで淡々と引き離していった。最後はロッシに6秒以上の大差をつけてトップでチェッカー、シーズン2勝目を挙げた。振り返れば、まさに玉田のためにあったような週末になった。

 レースの後に玉田と何を話したのかは、なぜかまったく憶えていない。このレースでは、カワサキ移籍初年度の中野真矢が3位表彰台を獲得しており、そちらの取材でもあわただしい一日だったことは鮮明に記憶しているのだが。

 そして、このレース以降、日本人選手は現在に至るまで、最高峰クラスでは誰も表彰台の頂点に立っていない。

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