2019.04.27

平成のF1狂騒曲。中嶋悟の鈴鹿ラストランとアイルトン・セナの時代

  • 川原田剛●取材・文 text by Kawarada Tsuyoshi
  • 桜井淳雄●撮影 photo by Sakurai Atsuo(BOOZY.CO)

 ところが翌92年にホンダはワークス活動を中止し、セナは94年のサンマリノGPで事故死する。その後、ホンダは2000年にF1に復帰し、一時は自らチームを所有して参戦していた時期もあったが、結局は一度しか勝つことができなかった。また中嶋悟が引退したあと、十人以上の日本人F1ドライバーが誕生したが、優勝した日本人はいまだにいない。

91年の日本GP、中嶋悟の走りに多くのファンが声援を送った とはいえ、明るい兆しは見えている。2015年に第4期の活動を始めたホンダは今年から強豪レッドブルと組み、開幕戦で11年振りの表彰台を獲得するなど、確実に結果を残し始めている。

 ホンダは人材育成にも力を入れ始め、米国のインディ500を制した佐藤琢磨をトップに据え、F1で勝てる日本人ドライバーを育成するためのプロジェクトを本格的にスタートさせた。

 ホンダのエンジンを搭載したチームがタイトル争いを演じ、日本のファンの期待を背負ったドライバーが活躍する……。まさに91年の日本GPのようなレースを再現させるために、これまでF1に関わってきた日本の関係者たちが現実をしっかりと見据えながら奮闘している。

 日本中がF1に熱狂した時代は再び訪れないかもしれない。しかし日本のF1が正しい方向を向き、着実に前に進み始めていることだけは間違いないだろう。

関連記事