2018.11.15

悲願のスーパーGT王座獲得。
レジェンド・高橋国光の愛弟子への眼差し

  • 吉田知弘●取材・文 text by Yoshita Tomohiro
  • 吉田成信●撮影 photo by Yoshida Shigenobu

「ここにたどり着くまでに、けっこうな時間がかかりました。裏方を含めて、みんなががんばってくれた結果だと思います。ふたりのドライバーも、本当によくやってくれました」(高橋総監督)

 この25年間で、高橋総監督が手塩にかけて育ててきたドライバーは何人もいる。そのひとりが、14年ぶりに国内最高峰レース二冠という快挙を達成した山本尚貴だ。

 2010年、チームクニミツはドライバー体制を一新し、当時ホンダ陣営で頭角を現していた伊沢拓也をエースに起用した。そして、そのパートナーとして加入したのが、前年まで全日本F3選手権のNクラス(※)に参戦し、当時無名に近い存在だった山本だった。

※Nクラス=正式名称は「ナショナルクラス」。全日本F3選手権Cクラスとは異なり、エンジンのワンメイク化や旧型シャシー(車体)の使用義務があるなど、コスト抑制を重視したクラス。

「今にして思えば、F3から上がってきた無名のドライバーをよく起用してくれたと思います。本来なら、経験のあるドライバーを起用すれば、もっと勝ち星を挙げることができたかもしれません。そんな状況でも起用し続けてくれた国さん(高橋国光総監督)に、いつか恩返しができればなという気持ちで戦ってきました」

 今では「ホンダのエース」として周りから頼りにされるドライバーにまで成長した山本だが、彼も若手だったころは数多くの失敗をした。ただ、それに対して高橋総監督は怒ることなく、励ましの言葉をかけ続けてくれたのだという。山本はこう振り返る。

「一番覚えているのは、2012年の開幕戦・岡山です。最終ラップに入る前に逆転してトップに出て、あと1周逃げ切れば初優勝だったのですが、最後に詰めの甘さが出て(残り半周で)立川祐路選手に抜かれて2位で終わりました。

 普通だったら怒られて当然だし、プロの仕事ができなかったはずなのに、国さんは『ものすごくいいレースだった!』と褒めてくれました。あの瞬間が、今の自分につながっていると思います。