2017.03.24

トヨタ、ニッサン、マツダ…。
日本の怪物マシンがタイムスリップで出現

  • スポルティーバ●文 text by Sportiva
  • 村上庄吾●撮影 photo by Murakami Shogo

 やがて経営体力を回復した国産メーカーは、ルマン24時間レース制覇などを目指して、グループCカーの開発を始める。ルマンを含む世界耐久選手権(WEC)、世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)、スポーツカー世界選手権(SWC)のレースには、トヨタ、マツダがそれぞれのマシンを送り込んだ。日本国内でもグループCカーによる耐久選手権が開催され、こちらにはニッサンも参戦。そうした流れのなかで、1991年、マツダ787Bによる日本車初のルマン24時間優勝という快挙も達成された。

青白赤のニッサン・トリコロールが鮮やかなグループC時代のニッサンR92CP(1992年)。富士のストレートでは最高速400km/hオーバーのモンスターだ!

 この日の富士のイベントには、当時のグループCカーも姿を見せ、トヨタTS010、ニッサンR92CP、マツダ787Bが現役時代をしのばせる勇姿を見せてくれた。富士スピードウェイの歴史は、日本の自動車メーカーがレースを舞台に性能と技術力を競い合った歴史でもあるのだ。