2014.05.24

セナ没後20年。新たな「モナコマイスター」は誕生するのか?

  • 米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki 桜井淳雄●撮影 photo by Sakurai Atsuo(BOOZY.CO)

 しかし、今はやや事情が異なる。マシン技術が先鋭化したことで、ドライバーの「腕」が介在する範囲が狭くなっているからだ。

「モナコではクルマの重要性が下がるとは言え、それでもケータハムが勝てるというわけではないし、マシン性能の善し悪しが勝負を分ける最大の要素であることに違いはないよ」(アロンソ)

 空力性能が問われる高速コーナーがないモンテカルロ市街地コース。そんな特殊なサーキットでのレースは“捨て”て、ほかのグランプリでの勝利を優先するという発想は、シューマッハの時代からすでに芽生え始めていた。シューマッハ以降にモナコマイスター不在の時代が続いているのは、ある意味こうした技術競争の先鋭化を反映したものと言えるかもしれない。

 そして、ドライバーのドライビング技術もまた先鋭化し、裏を返せばそれは、マシン性能差をひっくり返すほどのドライバーの力量差が存在しない時代、つまり、近年しばしば声高に叫ばれるドライバーの没個性時代を象徴する事象であるようにも思われる。

 しかし、歴史を振り返ってみても、モナコは経験の浅いドライバーが勝利を収めたことは皆無と言っていいほど、若いドライバーに対してその門を固く閉ざしている。

 一方で1996年にリジェ無限ホンダを勝利へと導いたオリビエ・パニスや、2004年に自身のキャリアで唯一の勝利を挙げたヤルノ・トゥルーリなど、モナコではベテランが思いも寄らぬドラマを生み出すことも少なくない。

 だからこそ、1984年のデビューシーズンに豪雨のモナコで非力なトールマンを駆って2位を快走し、赤旗終了さえなければ勝利は確実だったと言われるセナの鮮烈モナコデビューは、より一層強く輝きを増す。

 どれだけマシン性能差があろうと、どれだけ有能なライバルが存在しようと、自らの神がかり的な速さと天から授かった幸運によってモナコを幾度も制した。それこそがアイルトン・セナが「稀代のモナコマイスター」と呼ばれ、今も讃えられている所以である。

 セナがこの世を去ってからの20年間で、彼を上回るモナコマイスターは生まれてこなかった。モナコの女神は、いまだに愛すべき次世代の星を探し続けている。

 果たして今年のモナコGPで、その称号を継ぐ者は現れるだろうか。

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