2014.05.08

【F1】今宮純が振り返る「セナの姿にサムライを見た」

  • 川喜田研●構成・文 text by Kawakita Ken 喜 安●写真 photo by Kiyasu, AFLO

 そう考えると、1987年にロータス・ホンダと出会うまでのセナは、「腕の立つ一匹狼の浪人」だったと言えるかもしれない。そんな一匹狼のセナが「本田宗一郎」という城主のいるホンダ城に仕官し、サムライとして忠誠を誓い、「本丸」の鈴鹿はもちろん、世界を舞台に次々と名勝負を展開する......。相次ぐ決戦を見た日本のファンは、いつしかブラジル人のセナに「日の丸」を重ね、ホンダとセナの戦いに感情移入していったのではないだろうか。

 ルールなど知らない、メカニズムも詳しくない、それでも分かりやすいストーリーとその向こうに、「日の丸」の存在がなんとなく見えた。マニアではないごく一般の人たち、女性や子どもまで性別や年齢を超えた幅広い層の人たちが、「アイルトン・セナ」の魅力に惹きつけられていった。これがいわゆる、「F1ブーム」となった大きな要因だったのではないか。

 加えて、あの時代にはセナだけでなく、宿敵とも言うべきアラン・プロストやナイジェル・マンセル、ネルソン・ピケなど、強烈な個性を持ったライバルたちが存在したことも大きい。コース上のドライバーだけでなく、当時のF1を統括していたFISA(※)や、その名物会長だったジャン・マリー・バレストルとのコース外での確執もまた、セナ主演の「F1大河ドラマ」にストーリー性を添えた。

※FISA=国際自動車スポーツ連盟。現在はFIA(国際自動車連盟)に吸収されている。

 僕は、レーシングドライバーが自分を表現する場所はコース上だと思っている。だが、宿命のライバルのプロストとの「舌戦(ぜっせん)」や、権力の象徴であるバレストルFISA会長とのやり取りで、セナはありったけの自己表現をした。常に自分に嘘をつかず、権力に果敢に立ち向かって行った姿勢もまた、アイルトン・セナというドライバーを特別な存在にした大きな理由だったと思う。今と比べれば、当時のドライバーは自由に発言していたが、その中でも特にセナはストレートに自己表現をする人だった。

 コース上はもちろん、マシンを降りても「戦う姿勢」が伝わってくる......、そんな生き方に、母国ブラジルや日本だけでなく、世界中でインスパイアされた人がたくさんいた。インターネット時代ではない、今よりはるかに情報量が少なかった時代に、ワンプレイで人々に強烈なメッセージを伝え、多くの国の幅広い層に支持されたアイルトン・セナ――。彼はF1ドライバーという枠を超えた、希代の「スーパースター」だった。

(後編に続く)


profile
今宮純(いまみや・じゅん)
1949年生まれ、神奈川県小田原市出身。大学時代からアルバイトを兼ねて自動車専門誌に記事を寄稿し、大学卒業後、フリーのモータースポーツジャーナリストとして活動を始める。1987年からフジテレビのF1中継で解説者として活躍。

関連記事