2020.12.21

有馬記念で思い出す「世紀の一発屋」。忘れられない遅咲きの名馬たち

  • 新山藍朗●文 text by Niiyama Airo
  • photo by Kyodo News

 引退後は"繁殖"という、もうひとつ重要な"仕事"があるため、牡馬に比べると現役生活が短い牝馬にも"遅咲き"の名馬がいる。6歳時のGIヴィクトリアマイルで初めてGI勝ちを収めたストレイトガールだ。彼女は同年の秋にもGIスプリンターズSを勝って、7歳となった翌年にもヴィクトリアマイルを制して連覇を果たした。この勝利は、JRA史上初の7歳牝馬によるGI制覇だった。

 また、4歳秋に一度は障害レースに挑んだメジロパーマーも"遅咲き"と言っていいだろう。その後、5歳になって大変身。GI宝塚記念、GI有馬記念と、春秋のグランプリ制覇を遂げた。

 これらの中で、とりわけ印象深いのは、メジロパーマーとダイユウサクの"くせ者"2頭。

 メジロパーマーは先述のとおり、平地でのレースでは精彩を欠いて4歳秋には障害レースに転向した。すぐに未勝利を脱出したが、レースが終わってくるたびに「体中が傷だらけになっていた」と言われるほど、致命的に飛越がヘタだったという。

 そこで、やむなく5歳春から再び平地に戻ることに。すると、そこから大変身を遂げる。

 それまで、GIでは馬群に沈んできた馬が、宝塚記念でまんまと逃げ切り勝ち。有馬記念でもブービー人気(15番人気)ながら、先手を奪って、トウカイテイオーやライスシャワーら強豪各馬を一蹴した。

 これには、5歳春から鞍上を任された山田泰誠騎手との出会いが大きかったと言われる。

 メジロパーマーはそれまでも逃げ戦法を得意としていたが、山田騎手が手綱を取ってから、普通の逃げではなく、失速覚悟の"大逃げ"を打つようになったのだ。それは、メジロパーマーの能力に手応えを感じていた山田騎手が、「どうすれば、その能力を最大限に発揮できるか」と考えた末に、たどり着いた結論だった。

 もう1頭のダイユウサクは、毎年有馬記念が近づくたびに、世紀の番狂わせを演じた馬として、いまだに話題となる。その激走が4歳、5歳といった競走馬の"旬"ではなく、やや盛りがすぎた6歳の、それも年末最後のレースだったゆえ、余計にインパクトが強いのだろう。