2020.12.02

ダートの頂上決戦を前にして思い浮かぶ、怪物クロフネの衝撃の「鬼脚」

  • 新山藍朗●文 text by Niiyama Airo
  • photo by Sankei Visual

 クロフネが活躍した2001年は、日本競馬がひとつの節目を迎えた年だった。3歳クラシックの最高峰である日本ダービー(東京・芝2400m)において、この年から外国産馬の出走が可能になったのだ(当時は最大2頭まで。現在は外国産馬、外国調教馬を合わせて9頭まで出走可能)。

「クロフネ」という馬名も、その状況を見越してのもの。幕末に来襲した黒船のように、日本の競馬界に衝撃を与える――そういう馬になってほしい、との願いを込めたものだ。

 実際、クロフネは順調に出世街道を駆け上がり、ダービーの3週間前にはGINHKマイルC(東京・芝1600m)を制した。だが、最大目標となるダービーは5着に敗れた。

 それでも、日本競馬界にとっての黒船たらんとする陣営の意欲は衰えない。ダービーの次は、GI天皇賞・秋(東京・芝2000m)での戴冠を狙った。

 クロフネの陣営はこの頃まで、稽古の動きなどからダートに適性がありそうなことは感じていながら、ダート路線への転向など考えてもいなかった。

 目標はあくまでも芝のGI。それも、ダービーや天皇賞・秋のような、日本の競馬界で格が高いとされるレースを勝つことだった。

 天皇賞・秋も前の年から外国産馬に開放され、2頭が出走できた。当初、GIウィナーでもあるクロフネの出走は、何の問題もないと見られていた。

 ところが、当初から出走予定だった年長馬のメイショウドトウだけでなく、クロフネよりも獲得賞金が多い4歳馬アグネスデジタルが急きょ参戦を表明。クロフネは出走準備を整えていた天皇賞・秋を、目前で除外されてしまったのだ。