ウオッカが制したダービーの1番人気は?無冠に終わった「大物」たち (3ページ目)

  • 新山藍朗●文 text by Niiyama Airo
  • photo by Kyodo News

 運がなかった――という意味では、2004年の三冠レースに挑んだコスモバルク。地方競馬のホッカイドウ競馬所属ながら、2歳秋から果敢に中央の舞台に挑戦した。

 最初に参戦したのは、500万下(現1勝クラス)の百日草特別。同レースを完勝すると、ラジオたんぱ杯2歳S、弥生賞と重賞も連勝した。その結果によって、「地方競馬から久々の大物登場」と話題となった。

 そうして、皐月賞では1番人気に支持されるが、2着に屈した。その後、ダービーが8着、菊花賞が4着に終わり、地方の雄の悲願達成はならなかった。

 惜しかったのは、皐月賞。逃げ・先行のコスモバルクだったが、大外18番枠が響いた。道中はいつもより後方に位置することになり、この位置取りが致命的となった。

 というのも、勝ちタイムが1分58秒6と、当時の皐月賞レコードまでコンマ1秒差に迫るもので、この日の馬場はそれほどの高速馬場だったのだ。こうなると、圧倒的に前が有利。よく言う「前が止まらない」状態になるからだ。

 案の定、コスモバルクは最後の直線で、メンバー最速の上がりを繰り出して猛然と追い込んだものの、勝ち馬に1馬身と少し届かなかった。

 この時勝ったのは、のちにこの皐月賞を含めてGI通算5勝を挙げるダイワメジャー。そういう意味では、相手も悪かった。同馬も7枠14番と外目の枠だったが、出足よく2番手をキープ。その差が大きかった。

 もし大外枠でなかったら、もし高速馬場でなかったら、もしダイワメジャーがいなかったら......など、いくつもの"たられば"が思い浮かぶ。大一番の勝負においては、運も必要だ――と、あらためて思う。

 本番直前のケガによって予定が狂わされ、戴冠が遠のいた馬も数多くいる。最近で言えば、2018年のダノンプレミアムだ。

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