武豊が9度目の凱旋門賞へ。勝利への執念を見せる挑戦の軌跡 (2ページ目)

  • 土屋真光●文 text by Tsuchiya Masamitsu
  • photo by Sankei Visual

 そして5年後、ディープインパクトで挑戦することになる。日本から駆けつけたファンによって、現地でのオッズが1倍台になるほどの支持を集めたが、結果は3着入線(後に禁止薬物検出で失格)。日本最強馬でも敗れた事実は、同じ3着でも7年前の初戦とは意味が違う。凱旋門賞の壁の高さ、厚さを、本人だけでなく関係者やファンに思い知らせる結果になった。

 しかし、この3度の敗戦が、武騎手にとっての凱旋門賞の存在をより大きくしたことは間違いない。初騎乗から12年で3回だった騎乗数は、2008年のメイショウサムソンとの参戦以降、同じ12年で5回に増えた。

 筆者の印象に残っているのは、キズナとのコンビで挑戦した、6回目の挑戦となる2013年のレースだ。

 2013年は、前年の同レース2着の雪辱を期すオルフェーヴルが主役だった。前哨戦のニエル賞で、その年の英ダービー馬らを破ったキズナにも期待は寄せられていたが、やはりオルフェーヴルと比べると「次点グループ」という評価になった。結果だけ見れば、3歳牝馬のトレヴが圧倒的なパフォーマンスを発揮し、オルフェーヴルは2年連続の2着。キズナも4着に終わった。

 しかし、その勝負どころの4コーナーで武騎手が見せた騎乗は、オルフェーヴルに外からプレッシャーをかけて馬込みに押し込め、自身はその間に加速していくという明確な"勝つイメージ"を持ったものだった。オルフェーヴルがどんな競馬をするかに注目していた筆者は、躊躇なくオルフェーヴルを"潰し"にいく姿勢に胸が熱くなり、思わず「おおっ!」と声が出た。

 ひとつ間違えれば、日本のファンから非難されかねない戦術だ。しかし、そんな批判は意に介さないという、凱旋門賞の勝利に対する渇望を目の当たりにした。

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