【競馬】相棒・内田博幸騎手が回想する「ヴィルシーナ物語」 (4ページ目)

  • 河合力●文 text by Kawai Chikara

 迎えた2014年ヴィクトリアマイル。「ヴィルシーナのために……」という、内田騎手をはじめ、ヴィルシーナ陣営による思いが見事に実った。阪神牝馬Sで果敢にトライした“荒治療”が功を奏したのだ。

「ゲートが開くと、ヴィルシーナは驚くほど素晴らしいスタートを切りました。そこからはもう、彼女の気持ちに任せるのみ。そのまま気分よく逃げさせてあげよう、と判断しました」

 後方からの競馬を試した前走とは、真逆の“逃げ”戦法となったが、ヴィルシーナにはそれがよかった。彼女は、本来の持ち味であるスタイルで、やる気を取り戻したのだ。

 気持ち良さそうに先頭を切って走っていったヴィルシーナは、東京競馬場の長い直線も苦にしなかった。メイショウマンボ(牝4歳)ら人気馬の追撃を振り切って、まんまと逃げ切り勝ちを収めたのである。それは、馬上の内田騎手でさえ「びっくりした」というほどの、鮮やかな復活劇だった。

「僕たちは、どうしても人間の思い込みで馬を見てしまうことがある。でも大切なのは、馬の気持ち。それを大事にしなければいけません。ヴィルシーナはそのことを、身を持って教えてくれました。当たり前である、『馬の気持ちが一番』ということが、単にレースの中だけの話ではないということを」

 長いスランプから、驚異の復活を遂げたヴィルシーナ。彼女にとってふたつ目の勲章は、内田騎手の競馬人生にとってもかけがえのないものとなった。

 2011年8月のデビュー戦から、およそ3年と4カ月。紆余曲折あったヴィルシーナの競走馬生活も、まもなく幕を閉じようとしている。引退戦となる有馬記念でも、コンビを組むのは内田騎手だ。

「結果はもちろん大事ですが、有馬記念では何より無事に走り終えてもらいたいと思っています。そのために僕は、彼女が気持ちよく走れるようにエスコートしたいですね」

 レースが終われば、来年からは母として第2の人生を歩むことになる。内田騎手は、その後のヴィルシーナの活躍にも思いを馳せる。

「(ヴィルシーナは)いい子どもをたくさん生んでくれそうですよね。できるならいつか、その子どもたちにも乗ってみたいです。(子どもたちには)彼女の粘り強さ、がんばり抜く闘志を受け継いでくれたら、と思っています」

 ヴィルシーナは、舞台の中央でスポットライトを浴びるような、華やかな存在ではなかったかもしれない。だが、我々の記憶の中には、GI2勝という記録以上のものが残っているのではないだろうか。有馬記念では、その最後の勇姿をしっかりと見守りたい。

photo by Kouchi Shinjiphoto by Kouchi Shinji内田博幸(うちだ・ひろゆき)
1970年7月26日生まれ。福岡県出身。地方競馬(大井競馬場所属)のトップジョッキーとして活躍後、2008年3月からJRAに移籍。中央競馬でも優れた手腕で勝利を量産。2009年には全国リーディーングジョッキーとなった。12月19日現在、JRA通算847勝。重賞37勝(うちGI11勝)

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