【競馬】実況の神様・杉本清が語る「忘れられない桜花賞」

  • 河合力●構成 text by Kawai Chikara
  • JRA●写真

 それまでのレースを圧倒的な逃げ切りで勝ち進んできたテスコガビーは、桜花賞でも単勝1.1倍という断然の1番人気でした。ただ、当時の桜花賞は阪神競馬場の改修前。そのコース形態から、前半は「魔の桜花賞ペース」と言われる極端なハイラップとなり、桜花賞では逃げ馬が潰れるケースが多かったんです。そのため、いくらテスコガビーでも「桜花賞で逃げ切るのはそう簡単ではない」と思っていました。

 いざスタートすると、テスコガビーはすかさず先頭。やはり「逃げ」の手に出ました。でも繰り返しになりますが、桜花賞で逃げ切るのは簡単ではありません。その気持ちから、テスコガビーが後続に差をつけて4コーナーを回ってきたときに、「十分、貯金をためこんで」という前フリをしました。つまり、「4コーナーまでにためた貯金(リード)を使って、このまま逃げ切れるのか」という意味です。要は、直線では後続が一気に迫ってくると思っていたんですね。

 しかしどうでしょう。テスコガビーは4コーナーまでの貯金を使うどころか、直線では後続をさらにグングンと突き放してしまったのです。

 これには驚きましたよ。双眼鏡でテスコガビーを見ていても、一向に2番手の馬が視界に入らない、見えないんです。まさかこんな圧勝劇になるとは......。

 あまりの驚きと、依然として2番手が迫ってこないことから、私は言うことがなくなってしまった。そこで思わず、「後ろからは何にも来ない!」と連呼してしまったのです。

 この「後ろからは何にも来ない」というフレーズは、のちにいろいろなところで褒めていただき、とてもありがたい評価をもらいました。でも、当時の私の心境は真逆。予想もしなかった言葉が口をついて出たので、ショックで落ち込んでしまいましたよ。

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