2014.03.16

【競馬】牧場長に高いワインを2本も空けさせた「衝撃のレース」

  • 河合力●文 text by Kawai Chikara
  • 日刊スポーツ●写真 photo by Nikkan sports

「実はこの日、東京から駐日アイルランド大使館の方が来ており、私は朝から北海道を案内していたんです。レースが終わったのは、ちょうど大使館の方を車に乗せて空港へ送る途中。私が運転していると、ものすごい勢いで携帯電話が鳴り続けるので、『これはきっと牧場でトラブルが起きた』のだと思いましたね。大使館の方には申し訳なかったのですが、慌てて車を止めて、スタッフに電話したのを覚えています」

 もちろんこの電話は、トラブルの報告ではなかった。ディープブリランテの勝利を伝えようと、スタッフが電話したものだった。

「『ハリーさん、これは強いよ』『すごい馬だよ』と何度もスタッフが受話器越しに言ってきました。さすがに私も、今回はディープブリランテが勝てるかどうかわからなかったので、大声で喜びましたよ。その姿を後ろで見ていた大使館の方は、とてもビックリしていましたね(笑)」(スウィーニィ氏)

 その後、大使館の方を空港に送り届けたスウィーニィ氏は、牧場に戻ってすぐにレースをチェックした。そしてディープブリランテの強さに驚き、今までにない喜びを感じたという。

「その日の夜は、いつもより少し高めのおいしいワインを飲みました。一本のつもりが、あまりのうれしさから、二本飲んでしまいましたね(笑)。それと、私は毎日、だいたい決まった時刻にアイルランドの妻に電話するのですが、その日はとにかくこの喜びを伝えたくて、急に電話をかけました。彼女は『こんな時間にどうしたの? 何かあったの?』と戸惑っていましたが、私は『もしかすると、うちの生産馬(ディープブリランテ)がダービーを勝てるかもしれない』と伝えました」

 ディープブリランテが生まれたときから、パカパカファームにおける同馬への期待は大きかった。しかしディープブリランテは、その期待をはるかに上回る"強さ"をレースで発揮して見せた。パカパカファームが開場して10年、スウィーニィ氏が初めてダービーのタイトルを意識した瞬間だった。

 東京スポーツ杯2歳Sの勝利で、一躍クラシック候補となったディープブリランテ。しかし同馬はこの後、苦難の時期を迎える。次回は3歳となったディープブリランテを追いかけていく。

(つづく)

 ハリー・スウィーニィ

1961年、アイルランド生まれ。獣医師としてヨーロッパの牧場や厩舎で働くと、1990年に来日。『大樹ファーム』の場長、『待兼牧場』の総支配人を歴任。その後、2001年に『パカパカファーム』を設立。2012年には生産馬のディープブリランテが日本ダービーを制した。
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