2019.08.26

藤田光里を立ち直らせた父とのSNS
「ゴルフをやめるか迷っていた」

  • 古屋雅章●取材・構成 text by Furuya Masaaki
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

――それでも、試合は棄権しませんでした。

「その時点で、私はその試合で予選を通って、最後まで回り切らないとシードを落としそうだったんですよ。それで、痛みを押して試合に出て、何とか結果(32位タイ)を残して、賞金ランキング48位でシード権を得られたんです。

 それで、せっかくギリギリで通ったシードだから、2017年シーズンの1年間を棒に振りたくないと思って、その時は(ヒジの痛みを抱えたまま)『手術はしない』という選択をしました。それにその当時、ゴルフをやめるかどうか、迷っていたし......」

――それは、どうしてですか。

「ヒジのこともあったんですが、2016年12月に父(孝幸さん)が亡くなったんです。それで、父のお葬式の時に『今がゴルフをやめるタイミングなのかな』と思って......。

 そもそもプロゴルファーになったのは、私の夢というより、"父のため"というほうが大きかったし、その父がいなくなった時、『自分の意志でゴルフを続けられるのかなぁ......』って、お葬式の時にずっと考えていました。でも結局、(ゴルフを)続けることにしたんですけれどね」

――ゴルフを続ける決断をしたのは、何か理由があったのですか。

「シードをギリギリで通った日、父がすごく喜んでくれて、私に『ゴルフ人生で一番うれしい。ありがとう』というLINEを送ってくれたんです。そのLINEは今も残っているんですけど、お葬式とかすべて終わったあとに、そんな父とのやり取りを見返したんです。それを読んで、『ああ、やっぱりゴルフを続けよう』と思ったんです」

苦しい時期について振り返る藤田光里――そうして、2017年のシーズン後、左ヒジの手術をすることになりました。

「最終的に手術を決断したのは、私生活にも支障が出たからなんです。握力が10㎏しかないぐらいになっていて、携帯も持てないし、飲み物も飲めないし、ドライヤーも使えないし、服も着られない......。そうなった時に、もうこの生活が続くのは無理だと思って、手術をしようと決めたんです」