2019.08.11

渋野日向子の言動を再検証。
「天才」とは言わないが「凡人」ではない

  • 古屋雅章●文 text by Furuya Masaaki
  • photo by Kyodo News

 ボクシング界の英雄モハメド・アリは、リング外での言動も含めて、多くの人々から支持され、「Folk hero(民衆の英雄)」と言われる存在だった。

 アメリカの名優、ウィル・スミス主演のアリの自伝的映画『ALI アリ』の中では、アフリカのザイール(現コンゴ民主共和国)で行なわれたタイトルマッチ「キンサシャの奇跡」において、試合を控えホテルから出ようとしない対戦相手のジョージ・フォアマンと、街中を走るなど、積極的に現地の人々の中に入っていくアリが、好対照に描かれている。日に日にアリの人気は高まり、試合を目前にしたある日、大群衆がアリを囲んで鼓舞。その場は「アリ、ボンバイエ!(やっちまえ!)」という絶叫に包まれた。そして試合では、民衆を味方にしたアリが戦前の予想を覆(くつがえ)してKO勝ちを収めるのである。

 全英女子オープンを制した渋野は、まさにこの時のアリと一緒だった。インターバルでギャラリーと笑顔でハイタッチをかわす彼女に、地元ファンも魅了され、彼女を追いかけるギャラリーは日に日に増えていった。そして、世界的には無名の存在だった渋野が、最終的には多くの観衆が見守るなか、劇的なバーディーパットを決め、大喝采の渦の中で優勝したのである。

 前出の森口プロは、ギャラリーに入っていく渋野の姿を見て、こんなことを感じたという。

「よく集中することを『ゾーン』とか『フォーカス』などと表現されるけど、自分の世界に入り込んで、声援の中を黙々と歩く選手の姿は、見る側からすれば”拒絶”と受け取ることもあるでしょう。

 だけど、彼女は寄ってくるギャラリーを拒絶することなく、自ら近づいていった。そして、ショットを打つ時にはスパッとアスリートの目になって、小気味よく打っていく。そしてまた、笑顔で歩き始める。この、オンとオフの切り替えがギャラリーを魅了したのだと思います」

 確かにあの4日間の渋野は、ゾーンに入っていたのかもしれない。でもそれは、ギャラリーを阻害することなく、自らがその渦の中に入っていき、その場の空気を味方にした『Folk heroine』の戦いぶりであった。

 渋野の、最終日の攻め方も驚かされるものだった。とくに12番のティーショットと、18番のバーディーパットは”常識外”のものだった。