【木村和久連載】ゴルフを盛り上げるスパイス。最近のプレーヤーは? (2ページ目)

  • 木村和久●文 text by Kimura Kazuhisa
  • 服部元信●イラスト illustration by Hattori Motonobu

 まあ、そんな英国社会において、ゴルフはスポーツというより、勝負事として行なわれてきました。ニギリは、その悪しき風習として、日本でも延々と引き継がれてきたのです。

 ところが、ここ10年ぐらいで、ニギリをやらないゴルファーが増えてきて、しかも過去にニギっていた人たちも、ニギらなくなっているのです。

 これは、どうしてでしょうか?

 その原因をいろいろと分析してみました。

(1)競争社会の疲れ
 ゆとり世代は、ニギリをしませんよね。人との競争をしたがらないのですから、当然勝負事は敬遠します。

 オジさんたちも、高度経済成長の疲れというか、ずっとニギリばっかりやってきて、"ニギリ疲れ"が起きているのかもしれません。


ニギらなくても、楽しくラウンドできればいいですよね...ニギらなくても、楽しくラウンドできればいいですよね...
(2)ゴルフをやめる最大の理由はニギリ
 ルールも知らないのに、「ハンデをやるから」とか「グリーン周りだけの"金銀銅()"をやろう」とか言われて、気づいたらいつもおごらされていた――そうした経験に、身に覚えのある方もいるでしょう。その結果、ゴルフをやめた方もいるのではないでしょうか。
※1パット(もしくはチップイン)で決めた際、遠い順から高いポイントがもらえる賭け事。

 実際、それでゴルフをやめていく人は結構いるそうです。そして、その世代の半分以上がすでにリタイヤしていますから、今のゴルフが健全化の方向に向かっていることは確かです。

(3)悔しさの消滅
 戦後に築かれた、飢えからの脱出、あるいはスポ根マンガの根性社会、そういうのが今は流行らない。

 かつて、大学のゴルフ部やプロを目指す研修生は、必ずニギリをさせられて、勝負に勝つ意識を培ってきました。それは、金額の大小ではなく、勝負事における"スパイス"です。

 でも、他のスポーツではニギらないで、世界の舞台で戦っている人はたくさんいます。というか、ほとんどのスポーツはそうでしょう。

 となると、スポーツとして、闘争心の"スパイス"をニギリに求めるのはどうなのか? それは、もはや時代遅れです。ニギリをやるなら、メンタルアドバイザーを選手につける。今は、そういう時代かもしれません。

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