NBAのスーパースター、ステファン・カリーがPGAツアーを主催 (2ページ目)

  • text by Reiko Takekawa/PGA TOUR JAPAN
  • photo by PGA TOUR

 ノースカロライナ州出身のカリー。父親が元NBAプレーヤーのデル・カリーで、弟のセス・カリーもNBAのポートランド・トレイルブレイザーズに所属しており、まさしくバスケットボール一家で育った。

 地元のデビッドソン大で活躍したのち、2009年のドラフトでウォーリアーズに入団。2014-2015シーズンにNBAを制覇し、同シーズンと翌2015-2016シーズンと2年連続でMVPに輝いて、スーパースターとしての確固たる地位を築いた。

 そんなカリーだが、高校時代にはゴルフ部にも所属。ジュニアゴルファーとしても活躍していた。

「一時は、ゴルフか? バスケットボールか? とプロへの道を迷ったこともあった」

 以前、そう回想したカリー。ゴルフに対しての思い入れは、それほど強い。

 もし、カリー主催の大会が実現すれば、PGAツアーにとっては、久しぶりの"セレブリティ"の大会となる。その分、周囲の期待は大きい。

 実は、過去には"セレブ"の名前が冠に付いた大会がPGAツアーにはたくさん存在していた。

 代表的なのは、歌手のビング・クロスビーが主催した『ピング・クロスビー・ペブルビーチ・ナショナル・プロアマ』。1937年からおよそ50年、クロスビーが1977年に他界したあとも、長きにわたって開催されてきた。同大会には、ハリウッドスターたちがこぞって参加。華やかなゴルフの一時代を築いた大会だった。

 同じく歌手のサミー・デイビス・ジュニアは、1973年から1988年までコネチカット州で開催されていた大会を主催。喜劇俳優のボブ・ホープは、1965年からカリフォルニア州パームスプリングスで『ボブ・ホープ・クラシック』を開催した。この大会は、2003年にボブ・ホープが亡くなったあとも継続され、冠名は2011年まで残されていた。

 世界的な歌手のフランク・シナトラも、1963年にラスベガスで招待試合を開催。当時、大きな話題となった。

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