【男子ゴルフ】松山英樹の崩壊をもたらした、オーガスタの「罠」の正体

  • 三田村昌鳳●文 text by Mitamura Shoho
  • photo by Getty Images

 オーガスタというコースは、攻めて行くと、見えなかった罠(わな)にどんどんはまる。

 手堅くいけば、パープレイは可能だ。でも、それ以上はない。ゆえに、どの選手も迷う。常に「攻める」とそれを「放棄する」とが背中合わせとなり、しかもそれは、信じられない勇気と決断を要求される一打ばかりだからだ。

 かつて、マスターズを戦った金子柱憲はこう語っている。
「攻めれば、危険。『安全に』と思っても、逆にボギーを叩く可能性が大きい。そのときの一打を放つ勇気は、他のコースでは経験したことがない」

「WIN」or「LOSS」……。松山は、どんなにボギーを叩いても決して怯むことなく、攻める気持ちを捨てなかった。ただ、心の奥に不安を感じながらも、必死に食い下がる松山の勇気は、残念ながらスコアには反映されなかった。

 初めて知った壁だと思う。16位以内、ベスト10以内を目指そうと思ったときに、また別の壁が立ちはだかるのである。

 試合後、松山が突然涙を流したのは、世界のメジャーで初めて、上位への壁にぶつかったからだろう。その壁にぶつかっては跳ね返されることを、何度も繰り返しての歯がゆさもあると思う。自分のパッティングが、もう少し普段どおりだったら……。その悔しさもある。

 松山にとって2度目のマスターズ挑戦は、残酷極まりないものとなったが、これからもっと強くなるうえでは、得難い経験だった。

 その松山が涙を流していたころ、コースでは優勝争いが佳境に入っていた。

 特に「サンデー・バックナイン」と呼ばれるように、メジャーでは最終日の後半から真の戦いが始まる。リアルタイムでスコアの動向を示す、上位20位までの大きなスコアボードが、数分ごとにどんどん入れ替わる。

 序盤、ウエストハイゼンが2番ホールでダブルイーグル(アルバトロス)をもぎ取れば、B・バン・ペルトとアダム・スコットが16番でホールインワン。オーガスタの森のあちこちから、轟音(ごうおん)のような歓声が沸き起こる中、サンデー・バックナインでは一時、トップと3打差以内に8選手がひしめき合う混戦となった。

 結局、最終組からひとつ前のウエストハイゼンとババ・ワトソンが10アンダーで並んでホールアウト。プレーオフとなった。

 勝負は、2ホール目に決まった。ババ・ワトソンの初優勝である。

 彼は、その場で号泣した。涙が止まらなかった。ネイションワイド(下部ツアー)の下積みを経て、這い上がって来た苦い経験が、一気にあふれ出たのだろう。同じ下部ツアーで必死に戦ってきた選手数人が、ババ・ワトソンの勝利を喜び、一緒に抱き合っていた。

 この日見た、ふたり目の涙……。

 次に松山が目指すのは、あらゆる経験を積み重ねて勝ち取ることができる、この勝利の涙である。


三田村昌鳳(みたむら・しょうほう)
1949年2月24日生まれ。週刊アサヒゴルフを経て、1977年に編集プロダクション(株)S&Aプランニングを設立。ゴルフジャーナリストとして活躍し、青木功やジャンボ尾崎ら日本のトッププロを長年見続けてきた。初のマスターズ取材は1974年。今大会で33回目となる。(社)日本プロゴルフ協会理事。

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