【旗手怜央・新連載】「試合中なのに頭のなかが真っ白」。2得点と大活躍した観客6万人のダービーを語る (3ページ目)

  • text by Harada Daisuke
  • photo by Getty Images

日本で学んだことが生きている

 もちろん、いつかはチームメートが発するすべての言葉を理解し、コミュニケーションを取れるようにならなければいけないが、それがプラスに働いていると思えることもある。

 要するにチャレンジするプレーが増えたからだ。

 パスでも、ドリブルでも、シュートでも、やってみて、これはできる、できないという取捨選択ができるようになった。そのなかには日本にいれば確実にパスを出していたところでも、シュートを打った場面もある。それがまさにレンジャーズ戦の2得点だった。

 実際、川崎フロンターレでプレーしているときよりも、今のほうがミスパスは多くなっている。それはJリーグだったらキープできるような状況でも、激しいタックルが来て、ボールを失ってしまう回数が多いことが一つ。

 もう一つは、日本では狙っていなかったというか、チャレンジしなかったようなプレーを試みている結果だとも考えている。その結果、自分自身でも新しい発見があれば、プレーの幅も広がっている。

 グラスゴーに来てからは、以前よりも自分の頭のなかを整理する時間を作るようにしている。試合毎に、コーチングスタッフと映像を見ながら、チームとしての考えを聞き、そのうえで自分の意見を交えながらディスカッションを繰り返している。そうした時間もまた、プレーの整理につながっているのだろう。

 チームが目指すサッカーは、まだ発展途上にあるように、自分自身にも課題や成長する余地はたくさんある。

 一方で確かな自信も得た。特にドリブルやパスは手応えを感じてきているし、守備でもうまく身体を入れる、当てるなどしてボールを奪えるようになってきた。

 ドリブルは静岡学園高校時代に培ったものだ。パスは川崎フロンターレで磨いたものだ。そして守備や前述したオフ・ザ・ボールでの動き、スペースを見つける感覚は順天堂大学時代に養ったものだと自負している。

 日本で学び、吸収してきたことがヨーロッパの舞台でも確実に活きている。今までやってきたことは無駄ではなかった。セルティックに加入して、そう思えたのが自分にとって何よりも武器であり、財産だと思っている。

旗手怜央
はたて・れお/1997年11月21日生まれ。三重県鈴鹿市出身。静岡学園高校、順天堂大学を経て、2020年に川崎フロンターレ入り。FWから中盤、サイドバックも務めるなど幅広い活躍でチームのリーグ2連覇に貢献。2021年シーズンはJリーグベストイレブンに選ばれた。またU-24日本代表として東京オリンピックにも出場。2021年12月31日にセルティックFC移籍を発表。今年1月より、活躍の場をスコットランドに移して奮闘中。

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