度肝を抜いた超絶ボレー。クライフ、ジダン、李忠成らが決めた歴史的瞬間 (2ページ目)

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 赤木真二●写真 photo by Akagi Shinji

 テレビの画面越しで見たボレーシュートで脳裏に刻まれているのは、1974年西ドイツW杯でオランダのヨハン・クライフが魅せたジャンピングボレーだ。ヴェストファーレンで行なわれた2次リーグ最終戦、オランダ対ブラジル。左ウイング、ロブ・レンセンブリンクとのワンツーで、左サイドを突破した左SBルート・クロルが、ライナー性の折り返しをゴール前に送ると、ゴール前にはクライフが浮くような体勢で飛び込んでいた。

 その空中動作の鮮やかなこと。真横から飛んでくるボールに、インフロントを正確にヒットさせる、激しいアクションの中にもキラリと光る高度な技巧に、こちらの心はすっかり奪われることになった。フライング・ダッチマン(空飛ぶオランダ人)とは、その時、クライフにつけられた異名だ。

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 チャンピオンズリーグ(CL)で挙げるならば、やはり2001-02シーズン決勝でマークしたジネディーヌ・ジダンの左足ボレーになる。舞台はグラスゴーのハムデンパーク。相手はバイヤー・レバークーゼンだった。

 1-1で迎えた前半終了間際。サンティアゴ・ソラーリの縦パスを受けたロベルト・カルロスが、中央に折り返したボールだった。ロベルト・カルロスはレバークーゼンの右SBゾルタン・セベッセンに並び掛けられていた。完全にフリーで抜けだしたわけではない。半ば苦し紛れに折り返した、ボレーシュートを蹴るには不向きな、タイミングを合わせにくそうなボヨヨンとした山なりのボールだった。

 だが、ジダンは待ち構えた。仕留める気満々といった雰囲気で落下地点に入り、左足を振り上げるタイミングを計っていた。こうした場合、肩に力が入ったり、気がはやったりして、ボールは概ね的確にヒットしないものだ。きっとアイデア倒れに終わるだろう。そう思った瞬間だった。

 ジダンはさすがスーパースター、千両役者だった。おもむろに左足を上げ、ピッチと直角になるほどまで徐々に引き上げながら回し蹴りのような体勢をとる。その間、2秒ほどか。ジダンの準備動作に合わせて息を呑むことになったハムデンパークを埋めた観衆は、次の瞬間、目をさらに見開くことになった。

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