2021.02.12

すべてを失ったW杯のヒーローたちのその後。ブレーメ、ガスコインは今

  • 利根川晶子●文 text by Tonegawa Akiko
  • 山添敏央●写真 photo by Yamazoe Toshio

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 サッカー選手の波乱万丈の人生といえば、思いつくのはイングランドのガッザことポール・ガスコインだろう。

 ひと昔前まで、イングランドのサッカーといえばフィジカル重視、力わざのプレーが主流だった。そんな中、テクニカルでファンタジーあふれるサッカーでファンを魅了したのがガスコインだった。1990年イタリアW杯では、攻撃的なMFとしてイングランドを4位に導き、一躍、国民的英雄となった。準決勝で西ドイツにPK戦の末に敗れた時には、涙を流して悔しがった。

 クラブチームではニューカッスル、トッテナム・ホットスパー、ラツィオ、レンジャーズ、ミドルスブラ、エバートンなどでプレー。型破りなことをしでかすが、どこか憎めない性格だった。レンジャーズでガスコインとともにプレーしたジェンナーロ・ガットゥーゾは自身の著作で彼に関するこんな彼とのエピソードを披露している。

1990年イタリアW杯でイングランドをベスト4に導いたポール・ガスコイン「初めてレンジャーズの練習に参加した日、自分のロッカーを開けると異様な匂いがした。下着類を持ちあげると重い。なんとガッザが俺の靴下の中に大便を入れたんだ。俺は仕方なくノーパンで家に帰った」

 一方ではこんな懐の広さも見せている

「当時のチームは練習の行き帰り、スーツ着用が鉄則だった。だが、まだ若造だった俺はそんなものは持っていない。するとある日ガッザが俺をデパートに連れて行き、4、5着の高価なスーツを買ってくれたんだ」

 そんなガスコインについてまわった問題がアルコールだ。

 ガスコインは子供のころ、父親から暴力を振るわれていた。その影響もあって、思春期の頃には怒りが爆発すると制御不能となり、カウンセラーに通ったこともあった。サッカーへの情熱がそれをどうにか抑えていたが、それでも酒は常に彼の傍らにあった。試合の前にも後にも酒を飲んでいたと、多くのチームメイトが証言している。

 酒による最初の入院はまだ現役時代の1998年。ウィスキーを32杯飲んで意識不明となり、元代表の同僚でもあり、当時のミドルスブラの監督ブライアン・ロブソンが入院手続きをした。