カズの父親のひと言が心に残る。
W杯開幕前日に完成した「殿堂」

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 山添敏央●写真 photo by Yamazoe Toshio

 チャンピオンズリーグ(CL)では試合前、両軍が正面スタンドに向かって横隊すると、場内からテーマソングが流れる。通常は40~50秒程度のバージョンだが、ジュゼッペ・メアッツァで最初に行なわれたCL決勝戦、2000-01シーズンのバイエルン対バレンシア戦では違った。数分間にわたるフルバージョンの演奏が、オペラの合唱とともに生で披露されたのだ。

 このCL決勝には、題して「オペラ・デル・カルチョ」という別名がつけられていた。ミラノにはオペラの殿堂として知られるスカラ座があるが、カルチョの殿堂=ジュゼッペ・メアッツァで行なわれたCL決勝には、このもうひとつのミラノ名物であるオペラの要素を取り入れた、格調高い芸術的演出が施されていた。

 決勝戦前、ドゥオーモ広場界隈で見られた騒ぎとは対照的だった。バレンシアサポーターが地元の「火祭り」で使用する名物の爆竹を、広場のあちこちで炸裂させ、危なっかしいムードを煽っていた。

 下世話さと芸術性。この振り幅の広さこそが、欧州サッカーの魅力だ。カルチョの殿堂界隈も通常はかなり下世話だ。

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 あるときの試合後、スタジアム脇からトラムに乗り込み、荷物の多い同行カメラマンのために席を確保しようとしていると、不意に「危ない!」とそのカメラマンが声を発した。気がつけば、筆者のバッグの中に、背後に立つ男の手が侵入していたのだ。奴は慌てて手を引っ込め、ノーノーと言い訳のポーズを取りながら、逃げるようにトラムを降り、群衆の中に消えていった。

 電車、トラム、バスの中は泥棒だらけ。スタジアム周辺もかなり危ない。ミラノの街中で、ルーマニア人の少女グループ6人組に襲われたこともある。もっと驚いたのは、彼女たちが筆者の財布を盗んだ瞬間、近くにいた複数の男性がサッと飛び出してきて、彼女たちを一網打尽という感じで羽交い締めにしたことだ。こちらは一瞬、なんのことか事態が掴めなかったほどだ。その男性たちは私服警官で、後で話を聞けば、筆者が彼女たちに狙われていることを察知し、警戒していたのだという。緊張感に欠ける日本人とはこのことである。

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