カズの父親のひと言が心に残る。W杯開幕前日に完成した「殿堂」 (2ページ目)

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 山添敏央●写真 photo by Yamazoe Toshio

 そのファッションショーを彷彿させるような行進を、例の工員さんたちまで一緒になって、作業の手を休めて見入ってしまう始末だ。工事は完了するのかと危惧されたが、翌日のジュゼッペ・メアッツァに工員さんたちの姿を見かけることはなかった。好天も手伝い、塗り立てのペンキの表面もしっかり乾いていた。

 スタジアムの完成が開幕戦前日にまでズレ込んだケースは、五輪などを含め、過去にあっただろうか。東京五輪の開会式前日まで、国立競技場の建設工事が終わっていなかったら、大問題になっているに違いない。

 一方、完成した建造物は、デザイン的に凝りに凝った斬新でビジュアリックな見事な出来映えだった。それがイタリアらしさなのかどうか定かではないが、非日本的であることは確かだ。

 メディアセンターで提供されるドリンクの中で、真っ先にハマったのがカフェだ。カプチーノとエスプレッソは30年前、東京では浸透していなかったので、新しいもの好き兼コーヒー好きにとっては、感激もひとしおだった。エスプレッソ・ドッピオを飲むと、けっこうな頻度でトイレに行きたくなったものである。

 それはともかく、ジュゼッペ・メアッツァで行なわれた6試合の中でハイライトになったのは、決勝トーナメント1回戦の西ドイツ(当時)対オランダだ。その2年前、西ドイツで開催された1988年欧州選手権で、名勝負と言われた準決勝戦と同一カードが、1990年6月24日、決勝トーナメント1回戦で実現した。

 事件が起きたのは前半22分。フランク・ライカールトがルディ・フェラーに向かって唾を吐いた一件だ。世界中の何億人というファンが注目している大一番であることは、ライカールトも知っていたはずだ。後にインタビューをした時に知ることになるが、物静かで温厚な性格の持ち主である。にもかかわらず、彼は育ちの悪そうな真似に走った。

 頭に血が上りカッとしたというより、冷静に敢えてそうした愚行に出たという印象だ。ピッチ脇を抜け、W杯の舞台から去って行くその姿を眺めながら、言葉を失った記憶がある。

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