2020.10.13

日本代表が一流舞台に初めて立った日。
サッカーの聖地に刻まれた歴史

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 赤木真二●写真 photo by Akagi Shinji

 取材申請がトラブルでうまく通っていなかったからだそうだが、現場で聞いた24年前の話(現在からは49年前の話)には、これ以上ないリアリティがあった。ヨハン・クライフ時代のアヤックスを激写するために、ウェンブリーのピッチ脇にある穴に潜んで一晩過ごした日本人カメラマンがいた。日本代表がウェンブリーの土を踏む24年も前に。これは大層な話だと思う。

◆「日本代表全員の現状を5段階評価」>>

 ウェンブリーは、地下鉄ジュビリー線とメトロポリタン線のウェンブリー・パーク駅の改札を抜けると、目の前にその姿を捉えることができる。オリンピック・ウェイという名前が付いた500~600メートルある一本道を、地下鉄を降りた観衆が、一斉に、道幅いっぱい埋め尽くすように歩いて向かう。これこそ、ウェンブリーならではの光景だろう。

 観衆は、明治神宮を訪れた初詣の参拝者のように、係員に誘導されながら、数メートルごとに刻むように前進していく。2003年に取り壊された旧ウェンブリーは、その先にツインタワーがスタジアムの門のようにそそり立っていた。観衆は、頂上部に英国国旗が掲げられたそれぞれのタワーの間を通り抜けるように、スタジアムに入っていく。神社の鳥居をくぐり抜け、本殿へと向かう参拝客とイメージは重なる。

 ウェンブリーはサッカーの聖地と言われるが、その感覚を実感できるのはもしかしたら日本人の方なのかもしれない。

 アンブロカップが行なわれた翌年、ウェンブリーはユーロ1996(当時は欧州選手権と言っていた)のメイン会場として稼働した。開幕戦と決勝戦を含む計6試合を行なっている。

 イングランドは準々決勝、ウェンブリーでスペインを延長PK戦の末に下し、96年6月26日、準決勝でドイツと対戦した。舞台は再びウェンブリー。7万5862人の観衆が見守る中、この試合も延長PK戦にもつれ込んだ。先攻のイングランドは5-5の状況から、ガレス・サウスゲート(現イングランド代表監督)が失敗。後攻のドイツはアンドレアス・メラーが決め、その瞬間、イングランドの敗退が決まった。水を打ったように静まりかえるウェンブリー。そのスタンドに向け、拳を突き上げるメラー。