2020.10.06

ロシアのイメージを一変させたW杯。
決勝会場で襲われた違和感の正体

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • photo by JMPA

 モスクワ市の人口は約1250万人。東京23区の人口が約930万人(東京都全体の人口は約1400万人)なので、かなりの大都会である。そうした中で、W杯のメイン会場まで歩いて行ける場所に、期間中ベースとなる宿を構えることができた。その結果、リーズナブルな料金で快適な毎日を過ごすことができた。ルジニキに対して親近感を持つこともできた。

 ルジニキを訪れるのは10年ぶり。2007-08シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)決勝、マンチェスター・ユナイテッド対チェルシー戦以来である。

 1-1から延長PK戦にもつれ込み、マンUが勝利した一戦だ。PK戦の5人目のキッカーとして登場したチェルシーの主将、ジョン・テリーが、決めれば優勝というキックを、蹴る瞬間に立ち足を滑らせて外してしまったアンラッキーが、まざまざと蘇る。正面スタンドを背にして左側の、確かマンUのゴール裏サポーター席近くで起きた事件だった。テリーがPKマークにボールをセットした時、彼らは沈黙した。まな板の鯉のような状態になった。万事休すかと思われた瞬間、マンUは息を吹き返し、欧州一に輝いた。

 チェルシーはその4年後(2011-12シーズン)のCL決勝でも、バイエルンを相手に延長PKを戦っている。チェルシーは無事、PK戦を制したが、この時ばかりは筆者もチェルシーに肩入れしながら観戦した。CL決勝という晴れの舞台に、PK合戦は相応しくない。

 ルジニキで行なわれた2007-08シーズンのCL決勝は、22時45分にキックオフされた。中央ヨーロッパの定時(20時45分、モスクワとの時差は2時間)に合わせたためだが、マンUがチェルシーを制したPK戦が終わった時刻は、午前2時近かった。それから監督会見や選手の話を聞いて、ルジニキを後にしたのが午前3時ごろ。宿に到着したのは4時を大きく回っていた。あたりはすっかり明るくなっていた。

 開始時間が遅いので当然といえば当然ながら、モスクワ市が、地下鉄などの公共交通機関を夜通し動かしたことに感激した。そしてそのスタンダードは、ロシアW杯にもしっかり引き継がれていた。「そういえば2007-08シーズンのCL決勝でもそうだったな」と、その10年後に思い出した次第だが、この高いホスピタリティは、「お・も・て・な・し」をアピールし、五輪開催を来年に予定している東京には、備わっていない感覚ではないだろうか。