ベンゲルは才能を発揮させる名人。最高傑作は「無敵」のアーセナル (2ページ目)

  • 西部謙司●文 text by Nishibe Kenji
  • photo by Getty Images

 アンリ自身のプレースタイルが大きく変わったわけではない。だが、守備のタスクを外して、自由に動けるようにしている。ベルカンプやストイコビッチも同じだった。彼らの能力は疑いのないものだったが、何でもできるわけではない。足枷になっていた部分を外し、整理し、本人の自信を回復させることで、本来持っている能力を発揮しやすい環境をうまくつくっていた。

 10代でデビューしたセスクの場合は、より戦術的な環境づくりをしている。サイドバック(SB)のオーバーラップを多発させ、それによって相手ディフェンスラインを後退させた。相手のラインが下がることで、セスクが潜り込むMFとDFの間のスペースを少し広げていた。

 そこで何ができるかは選手次第だが、環境はつくってあげる。水のある場所までは連れて行っているわけだ。

<インヴィンシブルズの鮮やかな記憶>

 22年率いたアーセナルでも、2003-04シーズンのチームは特別で、ベンゲル監督の最高傑作と言っていいだろう。

 ベンゲル自身がシーズン前には一笑に付していた無敗優勝を成し遂げ、インヴィンシブルズ(無敵)と呼ばれた。

 無敗優勝は1889年にプレストン・ノースエンドが記録しているが、その時の試合数は22試合。アーセナルは38試合を無傷で走りきった。連続無敗は次のシーズンまでつづき、最終的に49試合無敗だった。

 ベンゲル監督のチームは、イングランドでは異質な洗練されたパスワークが看板だが、同じ攻撃型のバルセロナとは少し違っている。

 インヴィンシブルズの4年後に登場する、ジョゼップ・グアルディオラ監督のバルセロナは徹底したボール支配のチームだが、ベンゲルのアーセナルはそこまでポゼッション自体に重きは置いていない。

 無敗優勝の時も、それぞれの試合ではけっこう相手にも攻められていた。相手にボールを与えないことで失点を抑えるのがバルセロナだとすると、アーセナルは真っ向から打ち合って、打ち勝つスタイルである。

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