2020.08.04

CLではベスト16が限界でも、
欧州一のサッカータウンはここだ

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 赤木真二●写真 photo by Akagi Shinji

 そして開始3分、レンジャーズがニューマンの折り返しから、スコットランド人FWケニー・ミラーが押し込み先制すると、箱形スタンドのボルテージはこの日の最大値を更新した。しかし、シュトルム・グラーツ、ガラタサライに対して直接対決ルールで優位な立場にあるモナコは、この騒ぎに目もくれず反撃に出る。そして前半39分、同点ゴールを叩き込んだ。

 ハーフタイム。CLの現場では記者はホームクラブから食事を振る舞われることが慣例になっている。UEFAから各クラブに「そうしてください」と通達が出ていることもあるが、日本との決定的な違いでもある。この時、何が振る舞われたかは記憶にないが、忘れられないのはハーフタイムが終わり、正面スタンド2階席にある記者席に戻った時のことである。

 英国紳士風の年のいったおじさんが、記者席にやってきてひとりひとりに話を聞いてはメモをとっていた。

「紅茶にしますか、コーヒーにしますか?」

 ほとんどの人が紅茶と答えていたので、郷に入れば郷に従えではないが、紅茶と答えれば、ほどなくすると熱々のアップルパイが手元に届けられた。 

 ナイフとフォーク付きであることに感心していると、その後、運ばれてきた紅茶も紙コップではなく、ソーサーにスプーンが乗った陶器のカップだった。飛行機のビジネスクラスに乗ったような気分を、騒然とした雰囲気のスタジアムで味わうアンバランスに、なんとも言えぬ感激を覚えた。日本では味わえないカルチャーに酔いしれることになった。

 この間に、レンジャーズは勝ち越しゴールを奪い、2-1としていた。このまま終われば、イスタンブールのアリ・サミ・イェンで行なわれている試合の結果にかかわらず、CLでは初となるベスト16入りが決まる。

 ところが78分、事件が起きた。かつてフィオレンティーナなどで活躍したイタリア代表歴のあるCBのロレンツォ・アモルーゾがミスを犯し、レンジャーズはモナコに同点とされてしまうのだ。

 試合終了のおよそ1時間後、地下鉄アイブロックス駅の混雑は潮を引き、時計と反対回りに回る環状線の内回り線は、乗り込んだ全員が座っても、シートにはまだ十分なゆとりを残していた。1人の青年が勢いよく乗り込んできたのは3つ目のケルビンホールという駅だった。