優勝請負人ではなく「幸福請負人」。名将ビエルサの魔法の正体を探る (3ページ目)

  • 西部謙司●文 text by Nishibe Kenji
  • photo by Getty Images

 すでに練習グラウンドには、コーンやパイロンが並べられ、人型の金具があちこちに突き立てられ、サンドバッグみたいな人形もあり、白いテープもところどころ貼られている。上から見る光景は、まるでナスカの地上絵のようだった。

 選手が登場してトレーニングが始まる。グループごとに各所に分かれ、それぞれのメニューに取り組む。基本的に相手はつけない。つまり、あらかじめ正解の決まっている練習だ。全体で200ぐらいのメニューがあるようだが、1つにかける時間はせいぜい10分ぐらい。流れ作業のように次々にこなしていく。

 たとえば、クロスボールをシュートするメニューでは、クロスを蹴る位置に合わせてゴール前に配置する敵味方に見立てた人形の位置が変化する。クロスを蹴るまでの過程もそれぞれ。どの位置からのクロスなら、相手DFの配置がどうなり、従ってどこを狙うべきかが状況によって決まっているわけだ。

 テープでレーンを区切り、空いているレーンを狙っていくスルーパスの練習、縦パスをコントロールして前を向くのも数パターンあった。なかには何のためにやっているのかわからないメニューもあったが、とてもよく考えられていて、見ていて「なるほど」と思うものが多かった。

 ビエルサは試合で起こる状況を細分化していて、その1つ1つをメニューに落とし込んでいるのだ。紅白戦なら1回あるかないかのプレーを、短い時間に3~5回ほど練習する。たぶんそんな感じだと思う。それぞれはバラバラに見えるが、ひと通り終えるとつながりが見えてくる。そして、何周かすると飛躍的にチームが進化する。

 ただ、プレー強度の高さからリーグ終盤に息切れすることも多々あり、ビエルサの率いるクラブチームがシーズンタイトルを獲ったのは監督を始めたニューウェルス(アルゼンチン)だけだ。グアルディオラをはじめ、多くの指導者から尊敬されているビエルサだが、決して常勝監督ではないのだ。

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